The travel must have been started !
そう、旅は既に始まっているのかもしれない。ホテル選びを始めるその瞬間から。
世の中に悩ましきものは数多くあれど、とりわけパリのホテル選びほど悩ましきものはない。パリにはHotels de Franceによると星付だけで実に1,462件のホテルがあるという。パリのホテル選びはまるで未知なる世界の探索に似た行為。
ここ数年、日本における海外ホテルに関する情報は飛躍的に充実してきている。
「雑誌大国」日本の雑誌のパリ特集は、とっておきのパリの隠れ家ホテルをそっと教えてくれるし、最先端のパリのデザインホテルもいち早く教えてくれる。
ホテルフリークの著者による美しいビジュアルのホテルブックの審美眼も実に信頼に足るものであり、2年前に泊まったサンレミ・ド・プロヴァンスのChateau Des Alpilles、アヴィニョンのLa Mirande、パリ6区のMontalembertなどは、いずれもそれらの写真と文章を頼みとして手配し大正解だった。
これらの雑誌や書籍以上に海外のホテル情報を飛躍的に拡大しているのは、ネットにより各ホテルとダイレクトかつオンタイムにコンタクトできるようになったことだろう。その影響力の大きさは計り知れない。各ホテルのウェッブサイトでレートや空室の確認が出来るようになって以来、アメックスの旅行代理店機能はほとんど過去のものとなっている感が否めない。
さらに、ホテル利用者による個人評価を掲載したサイトの充実ぶりも著しく、特に欧米系のサイト(ex.trip advisor)は、カバーするホテル数や投稿数も多く、またストレートで辛口な意見も多く、ここまではっきり言っていいの?と驚きを禁じえない。
とはいえ、情報量の拡大は必ずしも、質の上昇、判断力の向上、真実への近道へとはつながらないのは世の常である。
雑誌に掲載される写真は現実のホテルの部屋に比べ格段に広く、清潔で、完璧なインテリアを誇っている感じだし、どのホテルのウェッブサイトも有能な弁護士のごとき存在として、我々を説得し、その気にさせ、焦らせ、ときには脅迫するような、すばらしい出来栄えを誇っている代物だ。
その結果選んだ歴史と由緒を誇る好立地のホテルが、照明の電球が切れ、クローゼットの取っ手が欠け、熱いシャワーの出る時間も気まぐれな、さらにエレヴェーターも修理中だったりする、狭さと古さが身にしみるホテルだったり、写真ではクールでモダンな好印象のデザインホテルが、実際は肉眼での直視には耐えられない薄っぺらくて空虚な感じのインテリアの落ち着かないホテルだったりすることも、パリのホテル選びにおいては日常茶飯事のことである。
欧米系のホテル評価サイトの場合も、ユーザー視点からの客観的な意見が大いに参考になりそうな気がして、夜な夜なネット探索を続けてしまうが、掲載されている評価は見事なぐらいに個人によって180°正反対であり、読めば読むほど、まさに真実は藪の中という、ある意味、極めて危険な存在でもある。
立地、ベッド数、ルームレートなどはもちろんのこと、界隈の雰囲気、広さ、間取り、インテリアテイスト、バスルームの仕様、セキュリティ、リネンの清潔さ、ベッドの硬さ、、レセプショニストの対応、ネット環境、セイフティボックスの有無など、ホテルを評価する視点は様々だが、最終的にそのホテルに満足を覚えるかどうかは、いってみれば、そのホテルの持つトータルな空気のようなものが自分にフィットするかどうかではないか、という気がする。
欲望は往々にして他人の欲望であるとはいうものの、泊まったホテルが自分にフィットするかどうかは、他人の評価や意見に影響を受けやすい我々の感性のなかでも、取り分けパーソナルで個人の五感レベルによるところが大きいのではないだろうか。
最後は泊まってみなければ分からないパーソナルなフィット感をいくら情報量が増えたとはいえ、あるいは情報量が増えたがゆえにさらに困難になったともいえるが、いずれにしても、メディアを通じてそれを見極めるのは無理という見方もできる。
しかしながら、別の見方をすれば、今の時代は、玉石混交ながら今まで決して手に入らなかった世界のあらゆるホテルに関する詳細でリアルタイムな情報が簡単に入手できるかつてない状況が出現しているともいえ、その未知なる世界に自らの手で漕ぎ出しながら、旅の大切なファクターであるホテル選びに関して、おのが感性と勘性(?)を仮説とその実践を通じて鍛え、発展させていくまたとないチャンスともいえる。
いくつかのメディアを駆使しながらホテル情報という未知なる世界に漕ぎ出して、「さあ、当ホテルのDeluxe Suiteこそ、あなたにふさわしい1室、ネットレートは30%オフ、Why Don’t You Click Now ? 」というサイトからの誘惑を軽くかわしながらネット検索をする時間、あるいは、過去の苦い経験に照らし合わせながら、恐らくはリニューアル直後に超広角レンズと芸術的ライティングを駆使して撮られたであろう掲載写真の裏側に潜む真実の姿をひとり推理する時間、そして、父親を亡くした後、フランス人はrudeだといって逡巡する母親をようやく説得して親子でパリを旅した英国人の匿名Mr.の文章を明け方にホテル評価サイトで読みながら、イギリス人とフランス人、父の死、親子など、柄にもなく何がしか人生のようなものを感じてしまう時間などもまた、すでに旅の時間なのかもしれない。
そう、旅は既に始まっている。ホテル選びを始めるその瞬間から。
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