アンディ・ウォーホルの晩年の自画像が競売で30億円で落札されたことが少し前の新聞で報じられていた。髪の毛が逆立ったちょっと怖い表情をしたウォーホルが闇から浮かび上がっているような死の前年に作られた作品だ。
高まるばかりのウォーホル人気を象徴するように予想価格を大幅に上回る落札だったらしい。
こうした作品の人気の高さに反して、あるいは一見分かり易そうなポップなイメージの作品に反して、アンディ・ウォーホルは、総体としてのイメージがなかなか定まりにくい作家である。
宮下規久朗 『ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡』 集英社新書は、こうしたウォーホルを理解する手がかりを与えてくれる。
著者いわく、「伝統的な美術に反逆し、美術や映画に革新をもたらしたアヴァンギャルド芸術の旗手」、逆に「伝統美術の枠にとどまり、西洋美術の伝統美術の枠にとどまり、西洋美術の伝統を完璧に継承した保守的なウォーホル像」、あるいは「純粋美術の閉鎖的な世界を嘲笑し、自らマスメディアの寵児となってハイカルチャーに対するロウカルチャー、つまりサブカルチャーの復権を果たしたアンダーグラウンドの帝王」、「いずれのウォーホル像も正しく。また、いずれのイメージも彼の全体像をカバーすることはできない。」
こうした一見分かりやすく、実は捕らえどころに窮するウォーホルの本質を著者は、「ウォーホルが求めたものは、現代のイコンであった。」という切り口で鮮やかに浮かび上がらせる。
「そもそも最初のイコン、つまりキリストの聖顔であるマンディリオンやヴェロニカ(聖顔布)は、神の姿を描いたものというよりは神の痕跡であり、人の手を経ずして成立したもの(アケイロポイエトス)であることが重要であった。それらは、原型の聖性を失わぬように忠実にコピーされなければならず、描き手の主観や個性を介入させることは禁じられた。」存在であったという。
クールな態度に見られる自己消去や主体性放棄への願望、シルクスクリーンによる手の痕跡の消去と反復・連続・複写という手法などウォーホルの特徴を見る限りイコン作家としてのウォーホルという視点はなるほど説得力を持っていそうだ。さらに作品自体を見ても、有名人の死や交通事故や電気椅子など「死」を予感させる題材へのこだわり、なかでも悲劇的な聖女を祀った正に聖なるイコンを髣髴とさせる代表作《マリリン・モンロー》、そして自らのイコンのような肖像画など、「イコン」というキーワードの説得性を裏付ける材料は多い。
「ウォーホルは機械のような制作方法の結果、作者の主観や個性などという西洋の近代が捏造したつまらないものを超え、作品の聖化がもたらせれることを知って」おり、「ウォーホルの個性否定や自己の無化は、ある意味、こうした(注:ウォーホルの愛読書であった『キリストのまねび』で述べられている)キリスト教の隠修士的態度に通じるようだ。彼が自らを無にして委ねようとしたものは、特定の他者というよりは、彼が愛してやまなかったアメリカ社会や時代、さらに、運命、あるいはまさに神と称してもよいものであったのではなかろうか。」
アンディ・ウォーホルとキリスト教と関係については、Andy Warhol The Last Supper,CANTZと題された1998年にミュンヘンで開かれた展覧会のカタログに詳しい論考が載せられている。The Last Supper 《最後の晩餐》は、ウォーホル最後の大作であり、有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの作品をベースにしたストレートに宗教的な題材を扱った作品群だ。
ウォーホルが熱心なカトリック教徒だったことは、1986年のウォーホルの追悼ミサの際の友人の美術史家ジョン・リチャードソンによる弔辞とミサの案内に記された「アンディー・ウォーホルのあまり知られていない横顔」と題する五番街にあるヘブンリーー・レスト教会の神父が書いた文章によって初めて明かされた。
日曜毎に教会へと通い、サンクスギビングやクリスマスやイースターには必ず教会のボランティアに参加し、ホームレスの人々にコーヒーを注ぎ、食事を供し、掃除を手伝っていたアンディー・ウォーホル。生前のウォーホルはこのことを内密にしていた。
同カタログでは、有名な《ゴールド・マリリン》(フィリップ・ジョンソンが所有していた!)とイコンとの類似性や、当初《最後の晩餐》は、フレームに張られていないペイントされた布地(まさにセント・ヴェロニカによる聖顔布のように!)のままだったことなど、ウォーホルの作品とイコンとの関連性も言及されている。
あるインタヴューに対して「どんな風に答えるか教えてくれたら、そのとおり答えるよ」と答えたといわれるウォーホル。
そうしたクールな態度に隠されていたものは自己消去による聖性の希求だったのか。
to be continued
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