倉俣史朗の手になる ミス・ブランチ Miss Blanche と名付けられたチェアは、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』の主人公ブランチ・デュボアにちなんで命名された、あるいはそのオマージュとして作られたといわれている。
倉俣史朗はこう言っている。
「一般にカタチをつくることだけがデザインだととらえがちだけれども、そして確かに結果としてあらわれた具体的なもの、目にみえるものがデザインであるにはたしかなのだが、しかし、それだけではないはずだ。結果として、具体的なカタチは過程にある抽象的な主張とか考え方をふくむ表現なのだと思う」(「倉俣史朗の世界」展 展示会カタログより)
さらにこうも言っている。
「映画を観たりや本を読んだりした後は結構長いあいだ観たり読んだりしたものについて考え続けています」(インタヴュー「浮遊へのあこがれ」 “MISS BLANCHE ET L' APESANTEUR” での発言主旨 関連記事 )
その無二の傑作チェア ミス・ブランチのイメージの原点を求めるのに『欲望という名の電車』を読んでみるというのも許される行為かもしれない。(以下引用は新潮文庫小田島雄志訳による)
「その繊細な美しさは強い光にはたえられないように見える。白い服とともに、そのどことなく頼りなげな物腰は、蛾を思わせるものがある」
「ブランチの花模様のプリントのドレスが、ステラのベッドの上にひろげてある」
「たしかに、この人生にはつかみどころのないあいまいなものが多すぎるわ。私は強い、大胆な色、原始的な色彩で描く絵描きが好き」
「フランス系の名前よ。(デュボアは)森という意味。ブランチは白、だからあわせると、白い森」
「私、強い女になれなかったの、ひとり立ちできるような女には。強い人間になれないとき --- 弱い人間は強い人間の好意にすがって生きていかなければならないのよ、ステラ。そのためには人の心を誘うなにかが必要になる」
「<嘘その一> --- あの見かけだおしの潔癖さ!知ってるか、おまえ、あの女がミッチにどんなきれいごとを言ってきたか。おかげでミッチのやつ、キス以上のことは知らない女だと思い込んじまった!だがブランチ姉さんが清純な白百合なんかであるもんか!ハ、ハ!とんだ白百合だぜ!」
「ブランチの歌声がふたたび高まる、鈴の音のように澄んだ声である --- 「嘘もまことになるものよ だだ 私を信じたら」」("Paper Moon")
「真実なんて大嫌い」
「私が好きなのはね、魔法!(ミッチは笑う)そう、魔法よ!私は人に魔法をかけようとする。物事を別の姿にして見せる。真実を語ったりはしない。私が語るのは、真実であらねばならないこと。それが罪なら、私は地獄に堕ちたってかまわない!」
「ちがうわ、少なくともこころのなかでは嘘をついたことはなかった・・・・・」
「フローレンス。フローレンス。ご供養の花はいかが。フローレンス。フローレンス」
「死の反対は欲望。おかしい?」
「この骨董品?ハハハ!これはただの模造ダイヤ」
「百万長者なんていねえんだ!ミッチがバラの花束もってきたんなんてこともねえんだ。(中略)なにもかも空想の夢物語だよ!(中略)嘘っぱちといかさまとうぬぼれだよ!」
当初から量産を前提にしていない、存在を否定したかのような椅子ミス・ブランチ。もしかしたら、倉俣史朗は、この椅子自体の消滅、存在の不在を密かに望んでいたのではないだろうか。
モノとしての椅子というよりは、記憶として人々の間に流通するために椅子として作られたイメージ。
倉俣史朗が求めたのは、椅子の存在が消えた後に残る、物体を通過することにより対象化され純化され結晶化され、より鮮明になったイメージそのものだったのである。
幕切れに到来するミス・ブランチ・デュボアの不在とその余韻が、我々のなかで、彼女の現実との格闘とその悲劇性を人間の崇高さにまで昇華させるように。
* ミス・ブランチが4脚展示されている『倉俣史朗とエットレ・ソットサス展』は2011.07.18ま
で会期延長しています。
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