セルジュ・ゲンスブールの伝記的映画『ゲンスブールと女たち』を観てきました。
「伝記的」と書いたのは、この映画は決してセルジュ・ゲンスブールを伝記として描いた映画ではなく、その62年の実人生に題材を取りながら、エポックメイキングな時々にヒーローとしてのセイジュ・ゲンスブールはかくあった、というゲンスブールファンを自認する監督ジョアン・スファースによる想像的オマージュとでも呼んだほうがしっくりくる映画だからです。
原題の ”Vie héroïque” 英雄的な人生、ヒーローとしての人生、はそういう感じが良く出ています。
そして、この想像的オマージュを支えている仕掛けの数々が良く出来ているのです。
特にミュージカルも顔負けといって良いほど要所要所にちりばめられた音楽がなかなかのものです。ゲンスブールのオリジナル音源を使わずに、この映画のために改めて録り直したものだそうです。
例えば、ゲンスブールがジュリエット・グレコの部屋を訪ねるシーンで、自分にも1曲を書いて欲しいとのリクエストに応えて「ラ・ジャヴァネーズ」を弾き語りで歌ってみせるシーンはこんな感じ。
エリック・エルモスニーノの歌う「ラ・ジャヴァネーズ」は当時のゲンズブールのそれより、ソフトで頼りなげなぼそっとした感じで、そこがまたこのシーンの情感にすごく合っていました。もしこうしたシチュエーションが現実にあったとしたら、本物のゲンスブールもおそらくこういう感じで歌ったのではないかと思わせる映画的な想像力が発揮されたシーンでした。
その他にも、ボリス・ヴィアンとのデュエット、ユダヤの子供達とロシア民謡を演奏して踊りだすシーン、ジャンゴ・ラインハルトのギターへの憧れを語る場面など、人生のエピソードと音楽をうまく絡み合わせた印象的なシーンが目白押しです。
主演のエリック・エルモスニーノがよくぞここまで似せたものだという感じで、繊細でどこか夢見るようなところがあり、一方で投げやりで虚無的で破滅的なゲンズブールの雰囲気を再現しているのも特筆ものです。ゲンスブールのトレードマークだったジタンを人差し指と中指で挟みながらその他の指を少し開き気味にして手のひらをひらりとさせるようにタバコを口から放すしぐさなど、いかにもゲンズブールと思ってしまうほど雰囲気がでていました。
ブルジッド・バルドーやジェーン・バーキンなどもそっくりさんを集めているのですが、なにしろエリック・エルモスニーノが断トツの存在感なのです。そっくりさんレベルでいったらシャルロット・ゲンスブールの子役が生き写しレベルのそっくりさんでした。
この映画でもう1つ個性的だと感じたのは、ゲンスブールの人生のなかでも、幼年期から有名になる前までが割と長尺で語られていることです。
監督のジョアン・スファースが同じユダヤ系であるからでしょうか、セルジュ・ゲンスブールのユダヤ人という出自へのこだわりが強く感じられました。
ユダヤ人の持つ他に卓越した能力の背景にあるものを内田樹はこう言っています。
「彼ら(注:ユダヤ人)はあるきっかけで、「民族誌的奇習」として、「自分が判断するときに依拠している判断枠組みそのもの懐疑すること、自分がつねに自己同一的に自分であるという自同律に不快を感知すること」を彼らにとっての「標準的な知的習慣」に登録した」ことにあると。(『私家版・ユダヤ文化論』 文春新書)
絵画を志すなどファインアート(純粋芸術)へのこだわり、絵画・建築・ピアノ・ギター・歌・作詞・作曲・俳優・映画監督・写真家・演出家など人並みはずれた全能的才能の具有、1つのカテゴリーに収まることへの反抗、周りによって作り上げられるイメージを嫌悪して破壊を繰り返す行動、その結果、どんな美女を手にしてもどんなに評判をとっても決して満たされない空虚さと孤立感など、ゲンズブールはまさにユダヤ的な心性の持ち主だったと改めて気づかされました。
その意味で、少年の頃にダビデの星を自ら進んでもらいに行って悪態をつく行動や野暮ったさの残るイギリス娘の一言でファッションを一変させること(その結果が胸をはだけたジーンズの上下にテーラードの紺のストライプのジャケットを羽織り、素足に白のレペットを履いた無精ひげと無造作な髪と手にはジタンという後年のあのゲンスブールスタイルとなる訳です)や心筋梗塞で入院したベッドでこれからの治療は?とのインタヴューに答えて「酒とタバコで直す」と嘯いたことなど(本当かどうかは別として)思わず肯いてしまうエピソードです。
セルジュ・ゲンスブールは1993年3月2日、案の定といべきか予定通りというべきか心臓発作で一人アパルトマンで亡くなっているのが発見されました。酒とタバコによる「緩慢な自殺」、自らそう呼んでいた通りの最後でした。
P.S. この前亡くなった御大クロード・シャブロルの晩年の姿が見られることもこの映画の密かな楽しみのひとつです。
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