ロジャー・ウェイドが残した手がかりの「ドクターV」の候補の残りの二人を訪ねるかどうか逡巡しているマーロウの姿から始まる第17章。
無駄骨になりそうな予感がして気が乗らない様子のマーロウ。
You waste tires, gasoline, words, and nervous energy in a game with no pay-off. You're not even betting table limit four ways on Black 28. With three names that started with V. I had as much chance of paging my man as I had of breaking Nick the Greek in a crap game.
2つめのセンテンスのYou're not even betting table limit four way on Black 28というところがよく分からない。
Black 28とはなんのことだろうか?ブラック・ジャックの別名が21というように、なにかカード・ゲームの一種かと思って調べてみたが、どうもそうではないらしい。いろいろ悩んだ揚句、ギャンブルの世界で「黒の28」といえば、やはりルーレットかな、と思い至った。ルーレットではある数字を対象にいろんな方法で賭けることができるので、ここでいうfour way on Black 28とは「黒の28に対して4通りのやり方で」賭けたということではないか。table limitとは最低限の金額で、ということだろう。
直訳すると「(このゲームにおいては、ルーレットのように)黒の28に最低額で4通りのやり方で張って、当たらずとも遠からずの場合にも賭け金がいくばくか戻ってくるようなことすらかなわないのだ」という感じだろうか。つまり「この仕事はロジャー・ウェイドと関係するドクターVを見つけなければ、Vで始まる医師を何人訪ねてもまったく無意味なのだ」ということを言いたいのだろう。
村上訳では「出るあてのない目にせっせと金を張っているようなものだ」となっているが、今ひとつ原文のニュアンスとは異なっている。清水訳ではこのセンテンス自体が省略されてしまっている。
次のセンテンスのpagingとは人を探すの意。crap gameとはさいころゲームのこと。有名なのは、ローバート・アルトマン監督の映画『カリフォルニア・スプリット』(1974)で我らがエリオット・グールドが最後に勝負をかけるシーンで登場するcrapsと呼ばれるゲームだ。そのシーンへのオマージュとしてポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『ハード・エイト』(1996)でも登場していた。賭け手自らがさいころを振るゲームだ。
(California Split ,source:Harverd Collage site)
そのセンテンスに出てくるNick the Greek(ギリシア人ニック)とは1940~50年代に名を馳せた伝説のギャンブラーのニコラス・アンドレアス・ダンドロスのことだろう。ポーカーで有名だが、さいころゲームもよくしたらしい。負けっぷりも豪快で一晩で160万ドル負けたというのは、crapsで負けた額の記録になっているそうだ(Poker Player Site)。
乗り気がしないマーロウだが、根は真面目なのと、ファイルを見せてもらったカーン機関のジョージ・ピーターズになにか役に立つ情報を提供できるかもしれないということで、結局、残りの二人もつぶしておこうという結論に達して、取り合えず、近場のドクター・ヴュカニックを訪ねることにする。
そこはアンティーク級の古いビルだ。
It was an antique with a cigar counter in the entrance and a manually operated elevator that lurched and hated to level off.
「シガー・カウンター」とはどんな感じなのだろうか、とググッてみた。下の写真はCandy and cigar counter, Furman Building lobbyと題された1930年代の写真だ。テキサスのコーパス・クリスティ Corpus Christyという都市のとあるビルにあったシガー・カウンターの写真だ(The University of Texas at Austinのサイトより)。おそらく昔のビルにはこのようなシガーや煙草やキャンディなどを扱っている売店がエントランスの片隅にあったのだろう。今からみると実に優雅だ。
ドクター・ヴュカニックはHe was a thin-faced man with an uninteresting pallor. He looked like a tubercular white rat.と描かれる。
tubercularは結核のこと。「結核の白ネズミ」とは、これまたため息がでるような比喩だ。uninterestingを村上春樹は「不気味なほど」と訳している。清水役では省略されている。
マーロウはかまをかけてロジャー・ウェイドの行方を問い詰めるが、どうもドクター・ヴュカニックはドクターVではないらしい。逆にドクター・ヴュカニックに「たった500ドルであんたの骨を何本か折って病院送りにすることもできる」と凄まれる。chudはクスクス笑う、Hilariousはおもしろい、という意。
He chudded. "You know something, Mr. Marlowe? We live in extraordinary times. For a mere five hundred dollars I could have you put in the hospital with several broken bones. Comical, isn't it?"
"Hilarious," I said, "Shoot yourself in the vein, don't you, Doc? Boy, do you brighten up!"
急に元気になって啖呵を切るドクター・ヴュカニックに「静脈に一発打ってきたんじゃないのか」と強烈な一撃をかまして退散するマーロウ。
予想通り、二人目のドクターVは無駄骨に終わった。
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