今では当たり前になった、本や雑誌の表紙、企業の広告やCIなどにおけるグラフックデザインの導入は、1950年代のアメリカで始まった。あこがれのライフスタイルやしゃれたイメージを視覚に訴えて、戦後の爆発的な経済発展を担った中間層の共感を得ようとする戦略だった。
雑誌の表紙や企業広告など、印刷のフィールドに留まっていたグラフィックデザインを、動画の世界でいち早く展開したのがソール・バスだ。
その舞台は黄金時代を迎えていたハリウッドだった。
ソール・バスは、出演者やスタッフ紹介の機能に留まっていた映画のタイトルデザインを一変させ、独立して鑑賞に耐えうる作品のレベルにまで引き上げた。
シンプルでミニマルな画面構成、実験的な映像、多彩なタイポグラフィー、文字と映像の一体化など、その作品には20世紀初頭のバウハウスにおけるコラージュやフォトモンタージュなどの手法とその大もとにあるシュルレアリスムからの影響が色濃く反映されている。
今回は、映画におけるモダン・タイトルデザインの発明者としてハリウッドの歴史に名を刻んだソール・バスによる映画タイトルの名作8選を紹介しよう。
下記ではそれぞれの映画名および画像をクリックするとタイトル作品をフルで見ることができるArt of the Titleというサイトにリンクします。
『黄金の腕』 Man with the Golden Arm/オットー・プレミンジャー(1955)
ヘイズ・コードのもと当時のハリウッドではタブーだった麻薬中毒患者を主人公にした意欲作。
ソール・バスをメジャーにした出世作。エルマー・バーンスタインのジャジーな音楽に合わせたアブストラクトなパターンのアニメーションが実にクール。注目を集めた折れ曲がった腕のイラストは麻薬中毒患者の苦悩する生を象徴している。キュビズムやシュルレアリスムの影響が色濃いデザインだ。ポスターなどと連動したメディアミックス戦略もそれまでになかったアイディアだった。
『悲しみよこんにちは』 Bonjour Tristesse/オットー・プレミンジャー(1958)
フランソワーズ・サガンの原作をもとに南仏を舞台に若さの持つ儚さや残酷さを描いた香気あふれる一本。
黒バックに花びらをモチーフにしたパターンが現れ、その姿をブルーの水滴に変化させながら流れ落ちる。その一滴が画面に静止したと思うと、ブラッシュワークによる少女の顔のイラストが描かれ、水滴は少女の流す涙にメタモルフォーゼする。この憂いをたたえた少女の顔のイラストが映画のイメージを決定づけたといっても過言ではない。タイトルデザインが本編のイメージを余すところなく物語っているというソール・バスの真骨頂。
『めまい』 Vertigo/アルフレッド・ヒッチコック(1958)
美しい女、謎の死、深みにはまってゆく主人公など、ヒッチコックならではの日常に潜む恐怖を描く。高所恐怖症による「めまい」を表現するカメラワークが見もの。
暗褐色の画面を背景にキム・ノヴァックの唇や眼を極端にクローズアップした映像に不穏な雰囲気が漂う。眼の奥からタイトル文字が浮かび上がってくるのも不気味だ。次々と回転しながら現れるスパイログラフ(2つの円を使って複雑な幾何学模様を描く。昔、日本でも流行った)を使ったパターンは「CGの父」といわれたジョン・ホイットニーによる。初めて映画にCGを使ったといわれている。シュールで実験的。
『北北西に進路をとれ』 Nort By Northwest/アルフレッド・ヒッチコック(1959)
巻き込まれ型サスペンス映画の代表作。平原を複葉機に追われるシーンやラシュモア山の歴代大統領の顔が刻まれた断崖でのチェイスなど、はらはらどきどきの連続。
ソール・バスのトレードマークともなったキネティック・タイポグラフィーを使った最初の作品。斜め右上と真上から平行線が何本も延びてきて、画面が斜めのグリッドで覆われ、ラインにあわせた斜めのタイトル文字が画面外から現れる。映像がオーバーラップしながら、この斜めのグリッドが実は高層ビルのガラスファサードであることが分かってくるところがスリリング。シーンはNYの雑踏に変わり、バスに乗り遅れる男としてヒッチコックがカメオ出演する。
『スパルタカス』 Spartacus/スタンリー・キューブリック(1960)
共和制ローマにおける剣闘士スパルタカスに率いられた奴隷たちの反乱を描いた歴史スペクタクル。
重苦しいマーチにあわせてローマ時代の人体石像の部分がクローズアップされる。剣、指、刻印などが現れ、石像の顔の正面と横顔が二重写しで浮かび上がってくる。やがて石像の顔にはひびが走り、石が剥落していく様子は、ローマ帝国の瓦解を暗示しているようで、深いところで本編のテーマと響きあっている。映像が持つ強い象徴力が発揮されたタイトル。プロデューサー兼主演のカークダグラスの意向を受け、ソール・バスはビジュアルコンサルタントとして映画本編にもかかわっている。
『サイコ』 Psycho/アルフレッド・ヒッチコック(1960)
サイコスリラーの嚆矢。窃盗事件のクライムサスペンスが徐々にサイコ的恐怖ストリーへと変化していくあたりの面白さはさすがヒッチコック。
切羽詰ったような管弦楽にあわせて、黒バックに細い横ストライプが左右から急速度で登場してくるのがサスペンスフル。タイトル文字も同様な動きで現れ、最初は分断されて読めない文字が嵌め絵細工のように完成するところや、音楽にあわせてツイストするように分解される文字など、音楽とシンクロしたキネティック・タイポグラフィーの完成形といえる。ソール・バスはタイトル以外に、有名なシャワーシーンの絵コンテなどを手がけている。要素を極限までそぎ落としたミニマルデザイン。
『ウエスト・サイド物語』 West Side Story/ロバート・ワイズ・ジェローム・ロビンズ(1961)
マンハッタンを舞台にポーランド系不良グループ「ジェット」とプエルトリコ系不良グループ「シャークス」の対立を軸に若者たちの青春と死を描いたミュージカル。
レナード・バーンスタインの序曲が終わり、満を持したようにマンハッタンのドローイングが実写にオーバーラップし、ビル群を俯瞰した無音の映像に切り替わる。カメラが街中にズームダウンしたと思うや否や不良少年たちのフィンガースナップが鳴り始めるという何回見てもゾクゾクするオープニング。映画の結末の余韻を残しながら、カメラが落書きされたレンガ壁をゆっくりとなめるように移動するなか、落書きの文字にズームすると実はスタッフクレジットだったという秀逸なアイディアによるエンドタイトル。どちらも甲乙つけがたい出来映えだ。
『グランプリ』 Grand Prix/ジョン・フランケンハイマー(1966)
車載カメラや実レースでの撮影などリアルで迫力ある映像が話題になったF1グランプリもの。三船敏郎が本田宗一郎を思わせる役で出ている。
忙しく立ち働くメカニック、緊張するドライバー、落ち着かない観客などを交互に捕らえながら、マルチスクリーンやストップモーションなどを駆使して、レーススタート直前の否が応でも高まる緊張感を映像化。望遠レンズによる被写界深度の浅いクローズアップのめまぐるしくカットバックが臨場感を高めている。プラグ、T型レンチ、タイヤゲージ、キャブレターなどのショットがプロフェッショナルな世界を感じさせる。マフラーを後ろから大写しした黒い円形にタイトルが現れ、エンジンがひひと吹きするカットも忘れがたい。
ソール・バスはこのほかにも『七年目の浮気』(1955)、『大いなる西部』(1958)、『或る殺人』(1959)、『オーシャンズ11』(1960)、『荒野を歩け』(1962)、『枢機卿』(1963)、『勝利者』(1963)などにおいて印象に残る名タイトルを作っている。ノンクレジットながら『エイリアン』(1979)のタイトルも手がけるなどソール・バスが手がけた映画タイトルは60本に上っている。
1960年台後半以降、ハリウッドにはアメリカン・ニューシネマの波が押し寄せ、映画のタイトルにおいても、斬新な映像美やアーティスティックなデザイン性よりも、そっけないぐらいのリアリティが求めれるようになり、ソール・バスも仕事の軸足を映画界から企業CIや短編映画などの分野に移すことになる。
AT&T、ユナイテッド航空、コンチナンタル航空、ワーナー・コミュニケーションズ、ミノルタ、紀文、味の素、前田建設工業などの企業ロゴはソール・バスの手によるものだ。
1990年代にマーティン・スコセッシが再評価するかたちでソール・バスの映画タイトルが久しぶりに映画界に登場する。
『グッドフェローズ』(1990年)、『ケープ・フィアー』(1991年)、『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(1993年)、そして最後の映画タイトル作品となった『カジノ』(1995年)。その翌年の1996年にソール・バスは亡くなる。
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