優れたデザインは、その行為が個人に由来するものでありながら、同時に他者に対して開かれた客観性のようなものを感じさせるものだ。
深澤直人のデザインもそうしたオープンネスを感じさせるデザインだ。
優れたデザインを語った言葉を読むのも興味深い。デザインという行為も、言語化という行為も、ともに抽象という行為を含んでいるからであろう。
自分のデザインは、環境とものとの間の関係の輪郭線を決める行為だ、と深澤直人は語っている。その輪郭を見るのがデザイナーという存在であり、彼が見るものは、環境がものに要請している姿、そこに存在すべき姿、であると言っている。
「私たちはデザインで詩を書こうとしている」、「俳句もデザインに似ている」とも語られる。
アメリカのデザイン事務所に勤務していた時にたまたま読んだ、高浜虚子の『俳句への道』のなかの「客観写生」という言葉に衝撃を受ける。「自分を打ち出すだけの句は醜い。主観を消して、淡々と描写してこそ人びとの深い共感をよぶ」。そう書かれていた。「自分の存在を消してしまう。消したからこそ沸き立ってくる美の存在があるということが衝撃だった」と言う。
詩は、誰でも知っている言葉を使いながら、それまで誰も知らなかった美を生み出す、俳句は、誰もが知っている日常を見ながら、それまで誰も気がつかなかった美を生み出す。いずれも個人に由来しながら、主体を超えたところでポエジーが読み手に感得される。ポエジーは本来そこに存在すべき美として、知らず知らず共感されていた美なのだ。だからこそ、詩や俳句は、創造や創作というよりも、生成や到来とニュアンスが近いのだろう。
深澤直人が言う「輪郭」を決める、「輪郭」を見つけるということも、そういうことだ。
AMBIENTと題された「深澤直人がデザインする生活の周囲展」(2017年7月8日~10月1日@パナソニック汐留ミュージアム)において、その見出された「輪郭」を改めて見てみた。
《壁掛式CDプレーヤー》(無印良品 1999)は、壁に掛けて紐を引っ張って再生する換気扇のようなデザインが衝撃的だった、深澤直人の名を世に知らしめた初期のプロダクト。ファンの回転とCDの回転、空気が流れ出すということと、音楽が流れ出すということ、この両者にイメージの類似性を感じる感性が軽やかだ。問題解決型ではない、まさにWithout thought(考えずに、思わず)や「行為に溶ける」というキーワードがぴったりの、ひとの無意識の行為や連想から見出されたような(Found object)デザインだ。
《加湿器》(プラスマイナスゼロ 2004)は、デザインレスな実用器具だった加湿器を、インテリアにマッチする家電製品としてデザインするという地平を通り越して、誰も見たことがないオブジェのレベルまで一気に昇華させたようなデザインの作品。内部にある水の存在を感じさせるような丸みを帯びたフォルムやシームレスに整形された作り込みは今見ても新鮮だ。
《シェルフ》(B&B ITALIA 2006)は、厚さ6ミリの人工大理石で作られた、その薄く華奢な存在感が目を見張らせたプロダクト。構造が要請する筋交という部材がきっかけとなり、透かし彫りや無造作に置かれた傾いた本など、日常生活の中のイメージの断片が浮かび上がってくるようなデザインに結実した。このプロダクトの出現によって、本棚はこれまでの重厚なイメージから浮遊し、壁を離れ、本棚の常識が変わった。
《サビア》(ボッフィ 2008)は、白の単純な形態であるバスタブというプロダクトに関して、光と影による微妙なグラデーションとその境に現れるエッジがデザインされ、まさに空間の中にあった本来の「輪郭」を見出したような作品。空間の中に置かれることによって、光と影が生まれ、ものが可視化されるとともに、同時に周りの空間も可視化されるという相互作用を誘発する企てでもある。
《グランデ・パピリオ》(B&B ITALIA 2009)と名づけられた、「作りながら自然にでき上がった形だから、二度とできない」と解説されているように、まさに手でものと空間との間の「輪郭」を探り出したかに思えるような造形のソファとオットマン。なにげなく作られたようなごく自然な雰囲気と置くだけで空間の雰囲気が一変する存在感を併せ持ったプロダクトだ。それを製品に仕上げたB&B ITALIAの技のすごさも漂っている。
《モディファイ・スフィア・ペンダント》(パナソニック株式会社 2012)は、球形型ペンダントを最初に発想した人のアイディアを、シェード上部も含めて完全な球体に見えるようにと敷衍させた製品。まさにジャスパー・モリソンのいう「スーパーノーマル」(究極のふつう)という表現がぴったりのプロダクトだ。ものが溢れるなか、「ふつう」を貫き通すこと、「ふつう」を作ることこそが難しいのだ。
《ベント・グラス・ベンチ》(グラス イタリア 2012)は、透明ガラスの一体成型で作られたベンチ。足元と座面に施された微妙なベント(曲げ)の造形だけで、オールガラスのプロダクトにありがちな冷たさを微塵も感じさせない雰囲気を生み出しているのが見事だ。ルーブル美術館に置かれているそうだ。
展示会のタイトルAMBIENTは、深澤直人によって「周囲」や「雰囲気」という意味に解されたコンセプトだそうだ。本来あるべき「輪郭」として環境から見い出されたものたちは、環境へと再び投じられることにより、環境と相互に作用し、その結果、ニュートラルな均質空間は、心地良さやいい雰囲気を伴った、ひとのための空間へと変貌する。
深澤直人が自分のデザインの目的として語るところであり、優れたデザインの力を物語るエピソードだ。
*参考文献 : 深澤直人『デザインの輪郭』、TOTO出版、2005
*初出 zeigeist site
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