アナログレコードが人気だ。デジタルデータにはない厚みのある音もさることながら、「ジャケット愛」もその人気の理由だそうだ。
LPレコードが主流だった時代、アルバムジャケットのアートワークはひとつの作品として存在感を持っていた。
アーティストやデザイナーが手がけた優れたデザインのアルバムジャケットも少なくない。
ジャズでは、タイポ・グラフィーとモノクロ写真を組み合わせたブルーノートのリード・マイルズ(例えば、ソニー・クラークの《クール・ストラッティン》)や雰囲気のあるイラストと大胆なカラーワークによるヴァーブのデヴィッド・ストーン・マーチン(例えば、スタン・ゲッツの《ウェストコースト・ジャズ》)などが知られている。
ロックでは、《狂気》をはじめとする一連のピンク・フロイドの作品など、中身を凌駕するほどの強い印象を残す数々を手がけたピプノシスや抜群のセンスと衝撃的なアイディアのよる傑作を残したアンディー・ウォホール(例えば、ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコの《ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ》)などが有名だ。
アーティストでは、キリコ、ダリなどのシュールレアリスムの大御所から池田万寿夫、横尾忠則、ロバート・メイプルソープなど現代アートの作家の作品も使われている。
こうした有名デザイナーや有名アーティストによるアルバムジャケットのデザインが数多くあるなかで、中身の音楽と深い関連をもったジャケットのアートワークという例は稀だ。
ジャクソン・ポロックの《白い光》を使った、オーネット・コールマンの《フリー・ジャズ》(1960)は、そんな稀有なアルバムだ。
ジャケットの表紙には、シンプルなロゴでアルバムタイトルなどが全面に展開され、文字がない右下寄りの部分が四角に切り抜かれており、そこからジャケット内側に載せられた《白い光》の一部が見える仕掛けになっている。
《白い光》は、ジャクソン・ポロックの晩年に近い1954年の作品だ。
(*White light,source : https://www.pinterest.jp/pin/282108364130121308/)
オーネット・コールマンは、《フリー・ジャズ》の前年にリリースされた《世紀の転換》のライナーノーツで自分の音楽を「something like the painting of Jackson Pollack」と形容している。
ジャクソン・ポロックの作品は、抽象性と全体性が音楽的だとよく言われるが、オーネット・コールは、自身の音楽をポロック的だと言っているわけだ。
https://www.thewire.co.uk/in-writing/essays/ornette-coleman-1930-2015_robert-wyatt)
オーネット・コールマンの《フリー・ジャズ》は、左右のチャンネルにそれぞれ別のカルテットを置いて、37分間連続で同時に即興で演奏をするという前代未聞の演奏方法をとる。
各人のソロのパートの合い間にアンサンブルでテーマらしきものが演奏されるが、曲の起承転結はなく、決まったコード進行もなく、統一的なリズム展開もない。各人のソロの演奏の最中にも他の奏者がソロに呼応するように、あるいは、まったく関係ないように、即興で音を奏で、またバックのリズムも奔放に変化する。
(*FREE JAZZ by Ornette Coleman)
ジャクソン・ポロックの絵画は、領域の限界や画面内のヒエラルキーがないオールオーヴァーな画面、ひとつひとつのカラーやタッチは、あるモチーフを表象するために動員されるのではなく、単に並置されているという要素の等価性、即興性や偶発性を内包した表現手法などが特徴だ。
http://www.artistrunwebsite.com/blog/1475/Studio+Sunday%3A+Jackson+Pollock)
《フリー・ジャズ》も、どこから聞き始めてもよい、どこで終わってもよいような、まさにオールオーヴァーな構成であり、テーマ、アドリブ、テーマという起承転結による展開や音楽アルバムはせいぜい数分の長さからなる複数の楽曲で構成するものだという、それまでの常識からの逸脱が意図されている。
《フリー・ジャズ》における、それぞれの楽器の音は、ポロック絵画の筆の一振りの絵の具の痕跡を思わせる。注目されるのは、それ以前では裏方だった、ドラムやベースのリズムセクションが、サックスやトランペットと等価に扱われていることだ。後にビル・エバンス・トリオにおけるインタープレイで有名になったスコット・ラファロがベースで参画している。
もともと即興演奏はジャズの特徴のひとつであるが、ダブル・カルテットによる同時並行的な即興演奏は、ソロの重複や楽器間の不協音による思いもかけない効果や緊張感を生んでおり、アクション・ペインティングといわれたポロックの表現方法に内包されている即興性や偶発性を髣髴とさせる。
両者に共通するのは、既存のフレームから自由になろうとする試みとその革新性である。
オーネット・コールマンが始めたフリー・ジャズはジャズの主流にはならなかった。
一方で、ハードバップを乗り越えようと苦闘するなか、ジョン・コルトレーンはレギュラー・カルテットに複数の管楽器とベースを加えた大編成バンドによる、フリーク・トーン(サックスによる悲鳴のような音)が横溢する集団即興演奏による問題作《アセンション》(1965)を世に問うた。
モード(旋律)という発想によりビバップのコード進行を革新した帝王マイスル・デイヴィスは、フリー・ジャズを否定し、徹底的に無視した態度を貫いた。
しかしながら、マイスル・デイヴィスの60年代後半におけるアコースティック期最後のセカンド・クインテット(ウェイン、ハービー、ロン、トニー)によるアブストラクトなソロや、ロスト・クインテット(ウェイン、チック、デイヴ、ジャック)のライブ音源におけるアヴァンギャルドな即興の応酬や、さらにはエレクトリック期における大人数バンドによる目くるめく同時即興演奏などを聞くかぎり、マイルスがフリー・ジャズから吸収したものは決して小さくはなかった。
マイルスの嫌悪と無視は、オーネット・コールマンが始めたフリー・ジャズの持つ革命性を正確に認識していたが故のマイルス一流の反応だったのだろう。
オーネット・コールマンは2006年にポロックの作品《グリーン・シルバー》を前にして「音楽に似ている。私の音楽だけではなくて」と語っている。
ジャクソン・ポロックの絵画の持っている音楽的イメージは、オーネット・コールマンを経由してモダンジャズの革新につながっている。
ポロックはジャズをアメリカが生んだ偉大な芸術と言っていた。ポロックが好んで聞いたのはニューオリンズ・ジャズやスイング・ジャズやビリー・ホリデイであり、モダンジャズではなかったそうだ。
*参考文献等
藤枝晃雄、『ジャクソン・ポロック』、スカイドア、1994
林道郎、「ポロックの余白に(1)」、ART TRACE PRESS 01(ART TRACE、2011)
Ornette Coleman and Jackson Pollock: Black Music, White Light,Available at<http://federaljazzpolicy.com/?p=369>
John Chiaverina,Ornette Coleman’s Jackson Pollock Connection,Available at<http://www.artnews.com/2015/06/11/ornette-colemans-jackson-pollock-connection/>
*初出 zeitgeist site
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