「住宅は住むための機械」と言ったル・コルビュジエは、一方で次のような言葉も残しています。
「住宅は家族の神殿だと思っている。人間の幸せのほとんどがそこにある」、「なぜ住宅に携わろうと思ったのか?問題の解決に近づくことで人々の苦悩を軽減したかった。結局は生きる喜びをもたらす仕事が好きなんだ」(★)
「建築か革命か」そう宣言して登場した若きル・コルビュジエにとって、建築とはなにをおいても住宅のことでした。
ル・コルビュジエの住宅理念を集大成したのが《ユニテ・ダビタシオン》です。コルビュジエ自らがその理念と実践を語った『マルセイユのユニテ・ダビタシオン』(山名善之、戸田穣訳、ちくま学芸文庫、2010年)を紐解いてみます。
第一次大戦の後の住宅不足と大勢の家族が1室か2室の住宅に住んでいるという劣悪な住宅事情を前にして若きル・コルビュジエは、新しい住宅理念で旧態然とした社会と建築に改革を挑んでいきます。
コルビュジエの理念の一つが<量産住宅>です。
住宅も車やタイプライターのように高品質のものが安価に量産できるようになるべきだ。「住宅は住むための機械」というテーゼは、住宅問題を解決するためのコルビュジエ一流のプロパガンダでした。
コルビュジエのもう一つの理念が<高層集合住宅>です。
建物を高層化することによって地上にオープンスペースを生み出し、人々が太陽と緑と空間を享受できる都市のヴィジョンを打ち出し、コルビュジエはそれを「垂直のシテ・ジャルダン」と呼びました。《300万人のための現代都市》(1922年)と題された構想では、住宅も《イムーブル・ヴィラ》と呼ばれる<高層集合住宅>として提案されています。
<量産住宅>と<高層集合住宅>という2つの理念が現実として結実したのが《ユニテ・ダビタシオン》(住居単位)でした。
Photo by IISG Follow - wereldreis2_122_04 Le Corbusier in India 1955 / CC BY-SA 2.0
コルビュジエは《ユニテ・ダビタシオン》によって実現する住まいの姿をこう描いています。
「まず第一に個人の自由がある一方で、家庭の集団としての効用がなけらばならない」、「部屋(シャンブル)が個人の第一の自由の鍵だとすれば、居間(火(フ)、炉(フォワイユ)は家族的価値の鍵であるといえる」、「火、炉、キッチン、居間はひとつにして同じものである。そして家族が集うのは、まさにそこなのである」
「制御された空気、自然光あるいは人工光、静寂は、いままさに発展の途上にある技術を総動員する」
「機械は、小さいものであろうと大きなものであろうと「家政術のサロン」の奇跡だ。この奇妙な見本市がひらかれることによって、女性たちは自分たちの運命を改善し、日々の束縛から解放される」
「二千、あるいは五千、一万の個人が、集合し共有地を用意して、賢明に開発するならば、予想していた以上に多くに恩恵を実現することができる。つまり、ひとりひとりのために一本の木があるだけではなく、広大な空地、つまり散歩し、ジョギングし、体操をするための広大な芝生の公園すべてを手にすることができるのだ」
「人生の各段階に応じた場所と地域とを整備しなければならない」、「家庭の庭も農園の庭も用意できない近代社会においては、子供たちのために成長の機会が、つまり場所と地域とが準備されなければならない」、「われわれは、この場所と地域をクラブと呼ぶことにしよう」
個人の自由の拠り所としての個室、家族が集う居間、住まいの中心となるキッチン、技術と機械による暮らしの変革、集合や共有のメリット、すべての世代のための「クラブ」のような共用施設などが謳われています。
コルビュジエの言葉は、驚くほど現代的で、まるで今の理想のマンションライフを語ったもののように響きます。と同時に言葉に端々に、この20世紀を代表する建築家・都市計画家の、ひとの暮らしへの細やかな眼差しと住まいの改革への強い信念がうかがえます。
photo by André P. Meyer-Vitali Follow-Unité d'habitation / CC-BY 2.0
コルビュジエの理念を実現した第一号である《マルセイユのユニテ・ダビタシオン》が1952年に完成します。
地上18階建て、総戸数326戸、現場打コンクリートで作られた躯体に工業化されたプレキャスト・コンクリ-トや規格化された部材を組み合わせて作られています。1階はピロティで持ち上げられ、地上は公園に開放されます。7階・8階は生活協同組合や商店や洗濯場などが入る共用フロア。地上56メートルの屋上には子供のための託児所、プール、遊技場、大人のためのスポーツジム、300メートルトラック、日光浴室などが設けられます。4機のエレベーターは3階ごとに停止する仕組みで、住戸はリビングが吹き抜けになったメゾネットタイプ(3LDK)を中心に23タイプ用意されます。来客用の宿泊室やレストランなども予定されていました(施設・仕様などは当時のもの)。
photo by (vincent desjardins) - France, Bouches-du-Rhône (13), Marseille, 8ème arr. : " Cité Radieuse " Le Corbusier 1945-52 , " l'Unité d'Habitation de Grandeur Conforme " facade est / CC-BY 2.0
建設中は市民や保守派から「気違いの館」(メゾン・デュ・ファダ)と呼ばれ激しい反対を受けた《マルセイユのユニテ・ダビタシオン》ですが、竣工後は一転して注目を集め、世界中から見学者が訪れることとなり、《ユニテ・ダビタシオン》はその後、世界における集合住宅のモデルとなっていきます。《ユニテ・ダビタシオン》はフランスで4棟、ドイツで1棟、計5棟が実現しました。計画は71棟にも上っていたそうです。
「もはや奴隷もいないし(中略)、女中も居なければ、使用人も居ない。各人が皆、外に働きに出るようになり、それぞれ異なった社会集団のなかに根を下ろしてしまう。この社会集団の解体に対抗しえるのは、また対抗しなくてはならないは、ただ家族(フォワイエ)のみだ。このような社会的事実を顧慮しなくてはならない。そしてこの社会的事実は、われわれに主体性と創意を要求している。ふたたび呼び出され助けを求められた旧来の家族的伝統が、技術や機械や組織をわれわれが駆使しうるような状態にした機械主義の繁栄によって、再び新しい生命を得るだろう」
このコルビュジエの言葉を読む限り、コルビュジエが「住むための機械」や「垂直のシテ・ジャルダン」で言おうとしたことは、その言葉単体が連想させるような、冷たくて、画一的で、非人間的なものでは決してないことがわかると思います。
モダニズム建築の栄光と限界が明らかになった現在、このモダニズム建築の巨匠が実際に語った言葉に耳を傾けてみるのも決して意味がないことではありません。
ル・コルビュジエ(1887-1965)
スイスのラ・ショー=ド=フォン生まれ。パリで雑誌『エスプリ・ヌーヴォー』を創刊し、建築・都市計画分野で論陣を張るとともに設計活動を本格化させる。「ドミノ住宅」「近代建築の5原則」「輝ける都市」など革新的な理念と《サヴォア邸》などの作品によってモダニズム建築を具現化し、フランク・ロイド・ライトやミース・ファン・デル・ローエらとともに20世紀近代建築の巨匠と称される。後期は造形的でブルータルな作風へと大きく変貌し《ロンシャンの礼拝堂》《ラ・トゥーレットの礼拝堂》などが注目を集める。『建築をめざして』など著書多数。画家としての作品も。
(★)『ル・コルビュジエ』(DVD3枚組、ジャック・バルサック、1987年)から
*初出 : houzz site
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