「建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの」(2018年4月25日~9月17日@森美術館)を観てきた。
監修を務めた建築家で建築史家の藤森照信は、日本の建築家の基礎体力は木造建築にあり、石造建築の技術を発展させてきた欧米とは対照的であり、木造建築がベースにあるということが、日本建築の個性を生み出していると述べている。
木造建築は木の柱を格子状に組んだ軸組み構造が主流であり、柱と柱の間には紙が張られた障子が入れ込まれ、雨に弱い木や紙を守るために大きな屋根や深い軒が発達した。繊細で簡素な表現や外部空間や自然環境との親和性などもやはり木造建築に由来すると言える。
<前編><後編>の2回に分けて今回の展示の目玉である2つの巨大模型による作品を観てみる。
ひとつ目は妙喜庵待庵(みょうきあん・たいあん、1581年、京都府)の原寸模型。この日本最古の茶室建物といわれている待庵は、千利休が作ったと伝えられており、国宝に指定されている。本物は、内部への立ち入り禁止、写真撮影禁止だが、今回の原寸模型は、中に入れるということが展示の目玉となっている。
にじり口は狭く、床が高く、いざ中に入ろうとすると外から見ている以上に入りにくい。にじり口をくぐり抜ける時点で姿勢は自ずと畳に膝をつき前に進むような姿勢を強いられるので、その後の行動はそのまま部屋の中に進み畳に腰を落として正座するように促される。常時、腰を落とした視点で見ることになるので、狭苦しさや圧迫感は思ったほど感じない。広さ2畳、天井高1800mmの空間は思った以上に広々しているといっても誇張ではない。
にじり口はわざと入りにくいようにしているのだろう。その分、一旦入って後に身体が楽になり、身体が自然と空間のゆとりを実感させるように意図されているのだ。体感する空間の広さとは、こちら側の姿勢、視線などの身体性が大きく影響していることが改めてわかり貴重な体験である。
中は意外に明るい。これも予想している以上だ。ランダムな位置に複数設けられた窓から障子を介して外の光が柔らかく室内に呼び込まれる。窓の位置との関係や空間の凹凸により光と陰の微妙なコントラストが生まれる。荒壁と呼ばれる、仕上げをしていない土壁は光を吸収して窓面の光とコントラストをなす陰を作り出す。
写真では開け放たれたにじり口からの光の影響が大きいため、残念ながらそうした光と陰の微妙なニュアンスが分かりにくいが、それでも光を透過させる障子の面、光を受けた壁面、光が届かない壁面の見え方の違いは辛うじて分かるだろう。
利休が意図した光と陰のコントラストが織り成す空間は実際はどのように感じられるのだろうか。本物の建物でにじり口を閉めて体験してみたい誘惑にかられる。
「ずれ」を徹底させた空間造形も見事だ。床の間は4尺(半間+アルファ)の幅、窓はそれぞれ高さをややずらして設けられている。アンシンメトリーな床柱。部材と素材と色を組み合わせた構成主義絵画のような壁面の造作、3つの面からなる天井。無塗装の柱や仕上げなしの壁などと併せ、飾る作為と整える作為を排除した空間だ。
「家は漏らぬ程、食は飢えぬ程にて事足りるなり。是、仏の教、茶の湯の本意なり」と伝えられる千利休の言葉どおりのイメージだが、利休は作為の排除もひとつの作為であることは十分承知していたに違いない。
展示会場にも掲げられている「終わりにかねをはなれ、技を忘れ、心味の無味に帰する」との言葉は、その作為なき作為の境地を示してるが、禅の教えにおける自己否定の後に訪れる悟りの境地と同様に、建築という実務の世界のおいても、規則と技術に基づきながら、しかし出来上がりにおいてはそれを離れ、それを忘れるという地平に至ることは、言うはやすしの難しさだ。「かね」とは矩のことで、規則の意。
今回、展示される待庵の原寸模型は、本物では不可能な国宝・待庵の内部空間を疑似体験できる貴重な展示であり、つかの間であれ「わびさび」というの価値、利休が企図した作為なき作為の空間を体感できるかもしれないまたとない機会である。
シンプルなデザイン、日本と西洋、わびさびとモダニズムなどについて興味がある向きにとっては、そうしたことを改めて考えるきっかけともなるであろう。
ただし、軒庇が低いので合板で葺かれているのがはっきり分かってしまうなど、外観に関しては「わびさび」のイメージをあまり期待しない方がよいかもしれない。
わびさびとモダニズムの関係に関しては、過去記事の<わびさびとモダニズム~レナード・コーレン『わびさびを読み解く』を読んで~>が参考になるかもしれない。
実物の待庵内部の映像は<NHK新日本風土記アーカイブ 妙喜庵待庵>で観ることができる。展覧会に赴くまえに予習するとよいかもしれない。
<後編に続く>
*初出:zeitgeist site
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