住宅は車に憧れ、車は住宅を夢見る。
独自の哲学と技術をもって、その両方の歴史に、余人には到底およばない足跡を残したのがバックミンスター・フラーである。
空飛ぶ車を目指したバックミンスター・フラーの《ダイマクション・カー》
バックミンスター・フラーによる車の開発構想は、ダイマクション・トランスポートと称されて、その最終目標は空を飛ぶことに置かれていた。
空を飛ぶことは車に乗ることよりも、輸送システムの効率性として優れている、というのがその目標設定の理由だ。宇宙におけるシステムの最適化、エネルギーの効率的利用、Less for Moreなどのフラーの哲学からすればしごく当たり前のことだったのだろう。
リアエンジン、前2輪駆動、後1輪操舵による3輪自動車、車というよりは飛行機というイメージの、さらに言えば魚や鳥を思わせる流体力学に乗っ取ったフォルムを持った空前絶後の車《ダイナマクション・カー》が具現化する。
(*Photo by brewbooks-1934 Dymaxion/CC BY-SA2.0)
空を飛ぶことを最終目標にした車という前衛的すぎる《ダイナマクション・カー》は、最終的に3台の試作品が作られ、資金が尽きて頓挫する。
その後も、フラーはダイマクション・トランスポートの構想を断念することはなく、数々のアイディアを提案している。今日で言うハイブリッドカーを構想した《ダイマクション・ハイパーカー》、自動運転の動く居室のような旅行用カートリッジ《個人輸送システム》など、そのアイディアは驚くほどの先見性に満ちている。
空飛ぶ車という当初のコンセプト自体が、ここ数年来、開発競争が激しさを増しているドローン技術を使った空飛ぶ車にもつながる早すぎるコンセプトだった。
車のように自由なバックミンスター・フラーの《ダイマクション・ハウス》
1946年、フラーはライトフルハウスや4Dハウスなど、それまでの試行錯誤の結果を改良する形で量産住宅のプロトタイプ《ダイマクション・ハウス》を完成させる。直径約11メートルの円形アルミ製、重量2.4トン(従来の住宅の1/50)、作業員16人が2日間で組み立て可能、価格は高級車と同等の約45,000ドル(1996年時点)だった。
製造に当たってはビーチクラフト社という、戦中は爆撃機を作っていたメーカーの製造技術が利用された。《ダイマクション・ハウス》は、「兵器を生活器に」(「剣を鋤の刃に」という聖書の言葉のアレンジ)というフラーが好んだ言葉を象徴していた。
《ダイマクション・ハウス》が目指したものは、飛行船などで自由に輸送・設置できる自己完結型の住宅だった。まさに<車>のように自由に移動可能な住宅。
予約注文が3,500件入ったといわれているが、完成度に難を示したフラーが販売の延期を主張したことに加え、多額の設備投資、建築確認の問題、配管組合の施工拒否、銀行ローンの拒否などの問題が重なり、フラーのプロジェクトにあってはいつものことであるが、そうした現実の前にプロジェクトは瓦解する。
建てられた場所にちなんで《ウィチタ・ハウス》という名前で知られたこのプロトタイプは、1ドルで好事家に販売され、数年間住まわれた後に、放置されていたが、一旦解体され、1992年ヘンリー・フォード・グリーンフィールド・ビレッジ博物館に移設・展示されている。
(*Daymaxion House, source :https://steemit.com/technology/@alexbeyman/dymaxion-technologies-more-futuristic-inventions-of-buckminster-fuller)
モノからシステムへ。変わる車、変わる住宅
アレグザンダー・グラハム・ベルが売っていたのは電話機ではなくて通信サービスだ、本質を鋭く見抜いていたバックミンスター・フラーは、住宅産業も住宅(ハウス)という建築物(モノ)を売るのではなく、居住(ハウジング)というシステムを売るようになるべきだと考えていた。
(*source : https://news.harvard.edu/gazette/story/2011/01/bucky-on-stage/)
フラーが想い描いていた地球規模の《ダイマクション居住システム》は、地球上のどこにいても、個人が安価に居住環境を手に入れることができる、グラハム・ベルの通信サービスのような住むための仕組みの提供を目指していた。
現代流にそれを夢想してみるのも面白い。地球上のどこでも誰でも3Dプリンターで《ダイマクション・ハウス》が作れる世界、レンタカーのように世界中の《ダイマクション・ハウス》を住み継いて暮らすことが可能な世界、自己完結型の《ダイマクション・ハウス》を好きな場所に運びながら旅するように暮らすことができる世界。
住むという意味が、住宅という空間を専有することではなくて、居住(ハウジング)という流れに身を置くことを意味するようになるだろう。住宅の概念はもちろん、所有の概念が変わり、土地や建築や都市の概念が変わる世界。
「船が一部の海と一緒に販売されることがないのと同様に、住宅が土地付きで販売されることはなくなるだろう」とフラーは言った。
トヨタの豊田章男社長は「車をつくる会社から移動サービスを提供する会社に変わる」そう宣言し、自動運転など次世代車の事業でソフトバンクと提携することを発表した(2018年10月5日、日経新聞)。ソフトバンクはアメリカのウーバーテクノロジーズや中国の滴滴出行など世界のライドシェア大手の筆頭株主だ。
(*source : https://biz.news.mynavi.jp/articles/-/2042)
2018年9月18日、ルノー・日産・三菱連合がグーグルと提携することが報じられた。グーグル系のウェイモは自社開発の自動運転車の公道テストを開始しており、世界に先駆けて2018年中の商用開始を目指している。
これからは、コネクテッドカーと呼ばれるインターネットに常時接続された車が主流となり、モビリティ・アズ・ア・サービス(Maasマース)と呼ばれる移動手段のサービス化が進展し、自動車産業は製造業からモビリティ・サービス産業へと様変わりすると言われている。
旅の希望を入力すれば、将来、車の手配や運転、宿泊先やレストランの予約まですべてグーグル検索で済むようになるだろうと予測する人もいる。
モノからシステムへ。車の姿が大きく変わりそうな将来、住宅もフラーが想い描いていた地球規模の《ダイマクション居住システム》へと一歩近づくのだろうか。
*参考文献:
ジェイ・ボールドウィン『バックミンスター・フラーの世界』(梶川泰司訳、美術出版社、2001年)
*初出:zeitgeist site
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