『孤独のグルメ』を実践するには不動産業界に職を得るのが最適だ。
それもマンションやオフィスや商業ビルの開発に携わるのが最適だ。営業やマーケティングや商品企画もいい。
人と物件、それだけで成り立つのが不動産業だ。実際は宅建免許もパソコンも必要だが・・・。
会社の売り上げも利益もリスクもたったひとつの物件に左右される。たったひとつの物件が会社を飛躍させ、あるいは会社を倒産させる。それが不動産業だ。不動産業にとって物件は命だ。
したがって、不動産業界においては物件を見に行くことは、すべての業務に優先される。店舗、工場、倉庫、取引先など、どんな仕事でも現場が大切だが、不動産の場合の現場とは、ひとつひとつの物件だ。
物件を見に行くと言っても、今、検討中の物件や自社物件だけではない。その近隣の物件もあれば、競合他社の物件、そのほかの参考物件もある。物件そのものだけではない、用地買収のためには、なによりも地権者に会って交渉する必要があるし、近隣説明の担当者は、近隣住民と対峙しなければならない。営業の場合は、なによりお客さんを訪問するのが仕事だ。
『孤独のグルメ』の実践は、現業部門だけではなく管理部門だってOKだ。総務は契約に際するリスクの確認のためにと、人事は販売事務所の士気向上のためにと、財務はファイナンスの担保評価の裏付けのためにと、不動産業においては物件調査の理由はいくらでもつけられる。あとはその人の腕次第だ。
ことほど左様に、物件がらみで、時には物件にかこつけて、堂々と外出する機会が数限りなくあるのが不動産業だ。物件を見に行くついでの『孤独のグルメ』の機会も、また、数限りなくあるというわけだ。
『孤独のグルメ』を実践するのには不動産業界に職を得るのが最適だ。
主人公の井之頭五郎を気取って、訪れたまちで、あれやこれやと店を吟味して、ひとりだけの孤独のランチを楽しむ。<孤独の不動産>は、物件見地と同時に、そんな秘かな楽しみが待っている不動産業ならではの役得だ。
<孤独の不動産>で出会った「グルメ」な風景の数々。
あえてか、しかたなくか、このようなアーティスティックな傾きの看板に出会えるのも<孤独な物件調査>ならでは。「富士ランチ」(@杉並区阿佐ヶ谷)2016年閉店。
かつて玉ノ井のメインストリートだった、いろは通りにあるパン屋「シミズ」(@墨田区墨田)のおかずパン。店の佇まいも、ガラスのシヨーケースも、アルマイトのトレイも、もちろん商品も値段も、かれこれ数十年来の歴史が宿っている。2011年ごろに閉店。
ジェントリフィケーション著しいなかにあって、奇跡的に存続する恵比寿の良心「こづち」(@渋谷区恵比寿)。カウンターに陣取っての朝飲み、昼飲みにも最適。
フィリピン、ビストロ、中華、焼肉、焼き鳥、立ち飲み、おでん、スナック、雀荘など、無国籍的集積と路地にはみ出す賑わいがバザール的かつアジール的雰囲気を醸し出していた武蔵小山駅前の「りゅえる(仏語で路地の意味)」。闇市発祥の木造飲み屋街は、木密解消の大義名分の前に東京全域で風前の灯だ(@品川区小山)。
店じまいが決まった北京家庭料理屋「豊屯」(@豊島区東池袋)での最後の孤独のチャーハン。変わらぬ盛りの良さと味に、サラリーマン時代の記憶が混じる感傷の<孤独の不動産>。
もちろん『孤独のグルメ』の聖地訪問も。トップ画像は漫画『孤独のグルメ』第4話の「東京都北区赤羽の鰻丼」に登場するお店のモデルとなった「ますます屋」(@北区赤羽)。朝から酒が飲めることでつとに有名になったお店で、朝9時半に酔っぱらいにまじって、ひとり食べまくるゴローさんは「夢のようだ」と感慨に浸る。ゴローさんは酒は飲まないのだ。
孤独の不動産<後編>へ
*初出:東京カンテイ「マンションライブラリー」
copyrights (c) 2020 tokyo culture addiction all rights reserved. 無断転載禁止。
最近のコメント