食にまつわる書籍を紹介する“食のエクリチュール”シリーズ。
第5回はブリア・サヴァラン『美味礼賛(上・下)』(岩波文庫)。
サヴァラン師曰く、
「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間か言いあててみせよう」
「新しい御馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである」
「チーズのないデザートは片目の美女である」
「料理人にはなれても焼肉師のほうは生まれつきである」
「だれかを食事に招くということは、その人が自分の家にいる間じゅうその幸福を引き受けるということである」
本書は、こうした肯綮に中るアフォリズムに思わずニヤリとすることもさることながら、今当の日本においてもますます隆盛を誇るグルメという価値観の始祖の記録として実に興味をそそられる書なのです。
ブリア・サヴァラン(1755-1826)は、ちょうどフランス革命(1789)からナポレオン帝政(1804-1815)を経て王政復古(1815)、7月革命(1830)の前までを生きた人です。
本書が書かれた1825年当時のフランスは社会の実権が貴族からブルジョワジーへと移り変わる時代でした。
ひとり分ずつの料理が定価で提供されるといういわゆるレストランという仕組みが考え出されたのはこの時代のパリでした。
「料理店主は、大都市の住民中、外国人や勤め人などからなるこのたいせつな部分に対して、すばらしい貢献をしたことになる。かれらは利益から出発したのだが、かえって利益とは反対に見えるひとつの問題、すなわちころあいの値段どころか安い値段で御馳走を食べさせるという問題を、解決する結果となった。(中略)このおかげで御馳走が民衆のものとなったのである」
こうしたレストランの店主レストラトゥール(料理店主)の多くは、革命前は王侯貴族お抱えの専属料理人だったことは想像に難くありません。
貴族からブルジョワジーへの権力の移行は、貴族の持つ価値の奪還という意味合いもあったのです。貴族の邸宅内での存在だった「御馳走」が、フランス革命を機にレストランという仕組みを通じて都市のブルジョワジーの間に普及していきます。
ガストロノミー gastronomie (美味学)やグルマンディーズ gourmandise (美食愛)という概念とそのエクリチュールの出現は、まさにこのブルジョワジーの台頭と軌を一にしていました。
ブリア・サヴァアンは新たな時代の美食の主人公をこう活写しています。
「金融家はグルマンディーズの英雄である。それは文字通り英雄なのである。まったく、そこには戦闘が行われたのである。もしかれが贅を尽くした食卓とドル箱とをもって対抗しなかったら、かれらは貴族階級の肩書と紋章とのしたに押しつぶされてしまったにちがいないのである」
金融家を始めとする資本主義の担い手たちが、貴族の持っていた価値を奪還しその「英雄」となっていく世界。今日のグルメブームはまさにここからスタートしたのでした。
約200年前に書かれた本書が今なおヴィヴィッドである唯一の理由は、食という甘美で底なしの人間の欲望が記録され宣言された最初の書であるからなのです。
本書(原題は『味覚の生理学』)の再販に際して附録としておさめられた『近代興奮剤考』と題された小品の作者オノレ・ド・バルザック(1799-1850)が後に、美食の果てに破滅する主人公の物語『従兄ポンス』を書いたことは、なにやら暗示的なことのようにも思えてきます。
ブリア・サヴァアンの手になる、食の欲望を刺激して止まない描写のいくつかをご紹介いたしましょう。
始めは「ヴァリエテ(雑録)」の12「雉」と題された章。
「雉は一つの謎であって、その秘密は特別の人たちにしか明かされていない。(中略)物にはそれぞれに食べごろというものがある。(中略)この雉は死後三日以内に食べたのでは何のことはない。(中略)このころあいの時というのは雉が分解し始める時である。その時、油の中に何とも言えない香味が出てくるのだが、それには油が少し発酵してこなければならないのである。(中略)この時期はふつうの人にはごくかすかなにおいと腹の色の変化によってわかるのだが、その道の人にはただ勘でわかる。(中略)雉を横たえて両端が2インチばかりあまるほどのパンをべつに一片用意する。それから先ほどの山しぎの臓物を大きなトリュフ2個、アンチョビー1匹、少量のきざんだベーコンおよび適当なバタのかたまりとともにすりつぶす。それからさきほどのパンを焼いたものの上にそれを一様にならし、その上にしたくしてある雉を置き、焼ける間に全体がまんべんなく流れる肉汁にうるおうようにする。雉が焼けたら、その焼きパンの上に寝かせたままで供する。回りに苦いオレンジを置くとよい。この風味高い御馳走は何よりも上部ブルゴーニュの地酒をのみながら食べるにかぎる。これはわたしが長年の研究のすえ発見した真理である」
サヴァラン先生に「長年の真理」(!)と大見得を切られても素直に頷いてしまいそうな迫真の描写です。
お次は、これも思わずおっしゃる通り!と膝を打つ屋外での食事の快楽を描写した「瞑想15 狩猟の中休み」と題された章。
「食べるということが若干部分を占める人生もろもろの行事に中で、いちばん愉快なものの一つは、おそらく狩猟の中休みであろう。(中略)涼しそうな木陰がかれを引きつける。緑の草原がかれを迎える。近くに涼しい泉のせせらぎでも聞こえると、渇きをいやすために携えてきたびん(わたしは仲間に特に白ぶどう酒を持っていくいおうにすすめる)をそこの清水にひたしたい気になる。そこでかれは静かな喜びをもって金色に焼けたプチ・パンを取り出し、優しい人の手がリュックの中に入れておいてくれた若鶏の冷肉の包みを広げる。そして、そのすぐ側にデザートのためのグリュイエールだかロックフォールだかのチーズの箱を並べる。(中略)われわれは妻や姉妹やいとこやそして彼女らの女友だちまでが、招待されてわれわれと楽しみをともにする日もあるのだ。(中略)人は決してシャンパンを忘れなかった。皆は青草の上にすわり、食べてはまたシャンパンを抜く。語り、笑い、遠慮会釈なくふざける。まったく、そこでは宇宙がサロンであり、太陽がその照明なのだ。それに天から放射されるその食欲が、この食事にいかなる豪奢な食堂でも見られない活気を与える」
最後は、呑み助ならばいつかどこかで嘯いてみたくなる名(迷?)台詞。
「ある酒飲みが食事をしていたが、デザートになってぶどうを勧められると、いきなりその皿を押しやって、「せっしゃはぶどう酒を丸薬にして飲む習慣は持っとりません」」
食という欲望の怖さ、お分かりいただけましたでしょうか。
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