先日、NHK総合テレビで特別番組『マイルス・デイビス・イン・トーキョー1973』と題されて放映された1973年6月20日のマイスル・デイビスの東京厚生年金会館(懐かしいネー)での公演の映像を観ました。
1973年7月1日にNHKで一部が放映された後、マスターテープが長らく行方不明になっていたのが最近アメリカで発見されたとのことでした。
この時期の正式発売の音源は極めて限られており1972年の『オン・ザ・コーナー』から1975年のいわゆる「アガパン」バンドによる日本公演(そしてその後の引退)に至る間の時期のマイルスバンドの全容は、つい最近まで謎に包まれておりました。
2000年頃から、今回放映された公演も含めライブ音源のブートレグが数多く発売され、さらにコンプリート・ボックスと題された70年代初頭にスタジオ録音された未発表、未編集のセッション音源が開拓されることにより、この時期のマイルスが「アガパン」バンドにおける自己破滅的絶頂とでもいうべき状況に上りつめていく過程がようやく少しずつ分かってきたのはつい最近のことです。
したがって、この1973年のマイスルバンドの映像はすこぶる貴重な存在といえます。
1973年6月といえば、デイブ・リーブマンが正式にバンド入りし、後に「アガパン」バンドにおけるスペーシーでノイジーな魔界的空間感覚を生み出した一方の要(もう一方はマイルスのオルガン)であるリード・ギターのピート・コージーが加入してほぼすぐに当る時期です。したがってこのバンドは「アガパン」バンドのルーツともいえるセプテットな訳です。
公演はアル・フォスターの打ち鳴らすシンバルから始まり、レジー・ルーカスのギターがワウワウを駆使しリズムを刻み、そしてマイルスのミュート・トランペットがスタッカートのフレーズで登場するという展開から始まります。当時のスタートの定番だった”Turnaroundphrase”です。
『パンゲア』や『ダーク・メイガス』に収録された”Turnaroundphrase”に比べると、シンプルで軽やかな感じです。
こうした印象は、レジー・ルーカスのエフェクターの利かせ方がまだまだ大人しかったり、マイケル・ヘンダーソンもチョッパーで弾いたりしてないし、ピート・コージーも音量とサウンドの両面で控えめなプレイで終始していること、などからきているものと思われます。
といってもこの1973年マイルスバンドの演奏が、「アガパン」時代に向けた単なる過渡期的サウンドかというと決してそうではありません。
例えば、マイルスによるソロのテンションをそのまま受け継ぐようなデイブ・リーブマンのアグレッシブなプレイは、バンド全体の緊張感を持続するのに貢献していますし、ソプラノサックスのフリーキーなハイトーンは、ホットでありながらクールでもある、軽やかでありながらアナーキーでもある、という魅力的な両義性をこの73年バンドに付与しています。
「アガパン」の壮大さや深遠さとはまた異なる、タイトなサウンド空間のなかで緊密なインタープレイによる張り詰めた緊張感が持続するのが73年バンドの魅力だといえます。
ムトゥーメがプリミティブなミニマリンバのような打楽器(アフリカのスリット・ドラムという打楽器らしい)をプレイする様子やピート・コージーのギターの指捌きやカウベルや不思議な弦楽器をかき鳴らす様子、レジー・ルーカスの珍しいリードプレイのクローズアップが見られたのも嬉しい所以です。
そしてなによりも、トランペットを吹くマイルスのクローズアップはもちろん、全身でリズムを取るマイスル、キューを出すマイスル、観客を背にしてバンドメンバーに視線を飛ばすマイルスなど、マイルスの一挙手一投足を目にできるのは感激ものです。
70年代前半のマイルス・デイビスが体現していた音楽とはどう形容したらよい音楽だったのでしょうか。
ジャズとロックとファンクとアフリカンと現代音楽のアマルガム、死や破滅への願望の道程、呪術的世界観の表現、ドラッグ的陶酔感や全能感の表出、ジミヘン&スライのマイルス的受容、自己の肉体的衰退に反比例した過激な音楽的身体性の発露、「ジャズ」の行き詰まりへのストラグル、マーケット的受け狙いが単に外れた結果の開き直りなどなど、マイルス没後20年たった今でも、その全容を語る明解な言葉を有していないというのが我々の現実のような気がします。
これもまた、マイルスの「大遠投」(菊池成孔が『オン・ザ・コーナー』を評して使った言葉)の1つということかもしれません。
本映像は、70年代前半のマイルス・バンドの体現していた、一度はまった離れられなくなる、混沌のなかに危ない豊穣さを有した存在論的パワーとでもいうべき魅力を垣間見せてくれる貴重な映像でありました。
*映像の一部は下記で観ることが可能です。
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