遅ればせながらのHOUSE VISION 2013 TOKYO EXHIBTIONを見た感想です。
HOUSE VISION展は、原研哉が『デザインのデザイン』(岩波書店2003)に記した「欲望のエデュケーション」と呼んでいる問題意識を基底にしたものと言える。
「センスの悪い国で精密なマーケティングをやればセンスの悪い商品がつくられ、その国ではよく売れる。」(略)ここで言う「センスのよさ」とは、それを持たない商品と比較した場合に、一方が啓発性を持ち他を駆逐していく力のことである。(略)つまり問題はいかにマーケティングを精密に行うかということではない。その企業がフランチャイズしている市場の欲望をいかに高水準に保つかということを同時に意識し、ここに戦略を持たないと、グローバルに見てその企業の商品が優位に展開することはない。(略)香港で食べる中華料理は美味しいが、東京のそれはさほどでもない。(略)問題はシェフではなく顧客だからである。(略)しかし、話が「寿司」ならば立場は逆転するだろう」
「この話は日本人の生活意識全体の問題である」としてその根本に横たわる住宅を取り上げてこう主張する。
「生活の基盤である住空間の対する意識水準の高まりは、おそらくはあらゆるマーケティングのベースとなる生活者の意識レベルを活性化させていくのではないか。(略)素晴らしい収穫物を得られる畑になるように「土壌」を肥やしていくことがマーケティングのもうひとつの方法であろう。「欲望のエデュケーション」とはそういうことである」
「日常は美意識を育てる苗床である」
そして、その具体的な方法として「住空間を生活にあわせて編集する」というコンセプトを提示する。
今日、「編集」や「キュレーション」は、住宅に限らず、モノや情報が溢れるあらゆる市場の重要なキーワードになっている。住宅分野においても、リノベーションやコンバージョンやオーダーメイドなど様々な「編集」的試みがなされてきている。
HOUSE VISION展では、こうした最近の動きも取り込みながら、「住宅を編集する」というコンセプトを7つの展示で見せてくれる。
住宅をテーマとしてここまで完成度の高い展示が実現したことが注目される。
とはいえ、この点は日本におけるモデルルームなどのきめ細かい作り込みと出来映えに馴染んでしまっている眼には、新鮮味という点では先のコンセプトレベルには及ばないが、一方で視点を変えると、家をテーマにしたテンタティブな展示でこれだけの完成度やリアリティを作り上げられること自体が、原研哉のいう日本の資源のひとつである「繊細・丁寧・緻密・簡潔」(原研哉『日本のデザイン』岩波新書 2011)のものづくりの証であるといえ、その価値を具体的にアピールした、とくに国外マーケットに、初めての機会になったのではないか。
7つの展示を見ながら思ったのは、むしろ、暗喩のように浮かび上がってくる次の様な構図だ。
HOUSE VISION展に欠落していたものはなにか。それは、ハウスメーカー、ビルダー、ディベロッパー、ゼネコンという、いわゆる現在までの住宅の供給サイドの「主役」たちである。
(住友林業がハウスメーカーとして唯一参加しているが、ハウスメーカーというよりは、木材の専門家という立場での参加という意味合いが強いと思われる)
これまでの「主役」の不在の代わりに、舞台に登場しているのが、建築家やアーティストなどの設計やディレクションやクリエーションという役割を担う人々、素材・部材・設備などの住宅のパーツの製造を担うメーカー、無印良品、東京R不動産、蔦屋、ホンダなどの幅広く生活空間やライフスタイルに関心を寄せる企業などである。
正に「編集」というコンセプトにふさわしい配役となっているわけだ。
原研哉はHOUSE VISIONをこう解説している。
「生活者が主体的に家をつくる能動性」を資源に見立てていくのがHOUSE VISIONの考え方。「家づくり」を生活者の主体性に向けて開いていくその先に「産業」を見ようとしている。(原研哉2013年3月20日Twitteより)
はたして住宅は、サプライヤーが主役の「供給」をキーワードとした産業から、生活者が主体の「編集」をキーワードとした市場へと変貌していくのかどうか、乗り越えなければならない課題は多い。なかでも住宅の持つ不動産という側面やローン制度をどう考えるかという点は避けては通れない難問だ。
今回のHOUSE VISION展はそうした長い射程をも考えさせる問題提起を内包した展示だったといえる。
以下は具体的な7つの展示の印象です。
1 住の先へ [LIXIL×伊藤豊雄]
パッシブエコをテーマにLIXILの商品だけでもこのくらい風通しの良さそうな楽しい家ができるということを「編集」で見せてくれた展示。参考品だが可動縦型ルーバーが仕込まれた引戸建具がなかなか良さそうだった。
2 移動とエネルギーの家 [Honda×藤本壮介]
家と車がつながった暮らしは各自動車メーカーが力を入れて研究しているテーマ。内と外が段階的に融通するレイヤー構成の建築という発想が新鮮。でも実際は壁があるわけで、その時はどうなるのだろうか。
3 地域社会圏 [未来生活研究会×山本理顕・末光弘和・沖俊治]
非持家型のシェアリング・コミュニティとしての集合住宅モデル「地域社会圏」の1/5模型を展示。日本の住宅問題の根幹をテーマにしているだけに、他の展示とは異なり「編集」発想だけでは残念ながらおいそれと実現はしない。
4 数寄の家 [住友林業×杉本博司]
素材の微妙なニュアンスやシンプリシティという日本の美意識は重要な日本の資源だ。室内だけに限って杉本博司という目利きによる研ぎ澄まされた素材と空間の美をプレゼンすることでも良かったような気もする。縦桟だけの障子がミニマルで美しい。
5 家具の家 [無印良品×坂茂]
無印良品の収納家具を構造体にした壁も柱もない平屋一戸建て。構造体と一体化した再利用や移動が可能な家具、モデュール化されプランの拡大や縮小が可能な家具など、発想は広がる。無印良品の住宅への関心の高さからいって思っている以上に実現性は高いかも。
6 極上の間 [TOTO・YKK AP×成瀬友梨・猪熊純]
清潔好きの日本というのもまた価値である。新たな生活美学をテーマに作られたレストルームのプレゼン。TOTOの便器とミドリエの壁面緑化に頼りすぎてはいまいか。
7 編集の家 [蔦屋書店×東京R不動産]
すばり、今回のコンセプト「編集」をテーマにした展示。空間の出来映えや作り込みよりも、なんと言っても「80㎡≒800万円で家をつくる」という宣言と様々な住宅パーツを展示したリアリティがインパクト大。
最後に。隈研吾によるウッドデッキによって全体を一段上げるという会場構成がなかなか考えられていた。
アスファルトの地面という退屈な日常から離れ、住まいの未来像の展示への期待を一気に高めてくれるコンセプトが見事だ。これが、普通の住宅展示場のように、アスファルトの上をだらだらと歩くような会場だったならば、それぞれの展示の意図や新鮮さを感得する感性が日常性の中に眠ったままだったような気がする。
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