スティーブ・ジョブスは伝記『スティーブ・ジョブス』(ウォルター・アイザックソン2011)で、自らが育った家とされる(*)アイクラー・ホームズを賞賛している。
(source : FORTUNE)
アイクラー・ホームズとはジョゼフ・アイクラーが1950年前後からカリフォルニアで開発・販売していた建売住宅のことだ。
ジョゼフ・アイクラーは、自らの理想とするフランク・ロイド・ライトが設計するようなモダン住宅を、普通のひとびとでも手に入れられる建売住宅として実現させた。
抑えた色調によるシンプルなファサード、ポスト・アンド・ビーム工法による柱と梁で構成された開放的な室内空間、屋外空間を取り込むアトリウムやガラス壁によるオープンな間取りなどアイクラー・ホームズは、それまでの伝統的な建売住宅と全く異なっていた。
(source : Eichler network.com)
(source : Enter the World of Eichler Design)
(source : Enter the World of Eichler Design)
ジョゼフ・アイクラーのデザインへのこだわりを象徴するこんなエピソードが残されている。
ある日、建築中の現場を通りかかったアイクラーはペンキ屋に対して「どこのどいつがこの色を選んだんだ?これじゃ両隣の家と色が合わない」と問い詰める。ペンキ屋がオーナーがこの色がいいといっている、結局は彼らの家なわけだしと答える。それに対してアイクラーは「彼らの家だなんて、冗談じゃない。これは俺の家だ。色を変えるんだ」といい放った。(『アイクラー・ホームズ』 ジェリー・ディットー他 1999)
モダンなデザイン、しゃれた暮らしのイメージ、手頃な価格などアイクラー・ホームズは戦後の成長期に初めて家を所有する若い世代を中心に人気を博した。
ジョゼフ・アイクラーはまだ人種差別が色濃く残る当時、アフリカ系アメリカ人家族にも、ほかひとと同じように住宅を販売していたことでも知られている。
スティーブ・ジョブスはジョゼフ・アイクラーのことを「アイクラーはすごい。彼の家はおしゃれで安く。よくできている。こぎれいなデザインとシンプルなセンスを低所得者の人々にもたらした」と賞賛している。ジョブスの養父は高卒出の機械いじりがすきな職人肌の勤め人だった。
ジョブスはこうもいっている。「子どものころ、アイクラー・ホームズはすごいと思ったからこそ、のちに、くっきりとしたデザインを持つ量販品の提供に情熱を燃やすようになった」と。
個人を取り巻くモノやデザインがそのひとの発想やインスピレーションを刺激する。
アイクラー・ホームズのデザインへの賞賛以上に興味深いのが、デザイン性の高いマスプロダクトを提供するというアイクラー・ホームズのコンセプトがジョブスを刺激したという点だ。
コンサバで迎合的なデザインやマーケティングで知られる建売住宅の一製品が、新たな知やコミュニケーションの世界を切り開き、最先端のプロダクトデザインを開拓してきたアップル製品の発想の元になっているというところが非常に面白い。逆にいえば、アップルのコンセプトがいつの日か退屈な建売住宅の商品に刺激を与える日も来るかもしれないということだ。
優れたコンセプトやデザインのもつ啓発性をよく表しているエピソードではないだろうか。
(*)英語版のWikipediaのJoseph Eichlerの項目で紹介されているeichlernetwork.comによると、
実際にジョブスが育った家はアイクラー・ホームではなく、その競合の会社が建てた住宅(アイクラ
ーファンの間では「ライクラー」と呼ばれているそうだ)だったと報告されている。ジョブスが育った家
のあるマウンテンビュー周辺はアイクラー・ホームズが数多く建てられたれた住宅地だった。ちなみ
にアップルにおける「もうひとりのスティーブ」であるスティーブ・ウォズニアックは本当のアイクラー
ホームで育っている。ウォズニアックによるとジョブスはよくウォズの家に遊びにきていたりなどアイ
クラー・ホームズのことはよく知っていたそうだ。アップルの創業者ふたりがアイクラー・ホームズと
かかわりを持っていたことになる。
*初出:zeitgeist site
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