メタボリズムはもともとは新陳代謝を意味する言葉で1960年代に日本におこった建築運動のことである。日本発の唯一の建築運動と言ってもよいだろう。
当時、高度経済成長下にあった日本における最大の問題は、人口の流入、混雑を極める交通、不十分なインフラ、不足する住宅やオフィスなど、急速に拡大する都市への対応だった。
そうした都市の膨張圧力に対して、メタボリズムは生物のように増殖してゆく都市像を対置させた。
その象徴がメタボリズム誕生の起源として位置付けらる丹下健三による「東京計画1960」だ。
(*「東京計画1960」と丹下健三 『東京人』2013年11号より 写真:川澄明男)
それまで主流だった放射状の都市構造を否定し、丸の内から東京湾を横断し木更津へと延びるリニアな海上都市を建設することで拡大する東京に対応しようとする壮大な計画である。リニアな都市軸に沿って増殖してゆく都市のイメージは、有機体生命の脊椎の構造から発想されている。
予測可能な未来、操作可能な未来を前提に、タブラ・ラサ(白紙)に描かれる都市の理想像という図式は、永遠に続く成長、理性や計画への信頼など、近代都市計画を推し進めてきた理念が見て取れる。
一方で、西欧的な意味での堅固で明確な構造や秩序を持たない日本の都市や住まいをベースにしているが故に発想し得たと思われる、容易に更新可能で、永遠に過渡期にあり、永久に新しい都市像は、日本オリジナルの都市イメージといえる。
こうしたメタボリズム運動に垣間見られる、近代×日本という構図に、八束はじめは、戦前から続く「国家-民族の建設の企て」(ネイション・ビルディング)の延長の姿を見て取り、メタボリズムは、建築的あるいは都市的「近代の超克」であったと評している。(「メタボリズム連鎖(ネクサス)という「近代の超克」」 『メタボリズムの未来都市』 カタログ 2011)
メタボリズムとは、建築や都市計画が国家や時代と一体化していた、日本の建設の時代におけるアヴァンギャルドなプロパガンダであった。
メタボリズムの思想とイメージを余すところなく体現した建築が東京の都心に残っている。
メタボリズム運動の代表的な建築家であり、当時のスター建築家だった黒川記章による中銀カプセルタワー(1972)だ。
プレファブリケーションによって作られた交換可能な最小限住居のカプセルが、ランダムに組み合わされて作られた建物は、まさにメタボリズムの思想を明快にイメージ化したものだ。もちろんカプセル建築は世界初。その特異な存在は、今見てもインパクトを失っていない。
(*竣工時の中銀カプセルタワー 『メタボリズムの未来都市』カタログより 写真:大橋富夫)
(source:http://www.nakagincapsuletower.com/)
交換可能なカプセルは、まさに新陳代謝される有機体の細胞のアナロジーだ。カプセルが次々に更新され、永遠に新しくなっていく。メタボリズムが描いた輝かしい未来の建物。
ところが、今に至るまでカプセルは一度も交換されたことはないのだ。大規模修繕工事すらも一度もなされておらず、現状のカプセルは、セントラルのエアコンが壊れ、空調が止まり、給湯管が破裂し、お湯が止まり、雨漏りも起こるという、普通に言えば欠陥住宅状態なのだそうだ。
こうした老朽化の現実を前に、2000年ぐらいから、取り壊しの話が出始め、幾度か管理組合による建て替え決議もなされているが、進展はなく、老朽化が進むまま、現在に至ってる。
新陳代謝どころか、老朽化で立ち往生してしまった輝かしいはずの未来の建築。
丹下健三をはじめ磯崎新など、メタボリズムに関係した建築家が参画した国家的イベントだった大阪万博が終わり、1970年代に入るとそれまでの成長神話にかげりが見え始める。公害や過密など成長のマイナス面が言われ始め、1973年のオイルショックを契機に日本の高度経済成長は終焉する。
建築をつくるような全能感で都市を発想し、成長する都市のように永遠に生まれ変わる建築を夢みたメタボリズム。
永遠とも思われた都市の成長と拡大の時代は終わり、メタボリズムが掲げた理想都市の理念も現実味を失ってゆく。メタボリズムは急速にその輝きを喪失する。
都市は建築ではなかったし、建築も都市ではなかったのだ。
メタボリズムの光と影を象徴するような中銀カプセルタワーだが、実は今、カルト的な人気を誇っているのだそうだ。
エアコンもなく、お湯も出ない、洗濯機もなく、「夏はサウナ、冬は冷蔵庫」になってしまうカプセルに実際に住み、保存・再生を夢見る人々が数多く存在しているのだ。
世界中探しても他に類をみない、おそらくはこの先も二度と作られることはないであろう、その唯一無二の個性が、居住性の問題を超えて、40年後の今、人々を惹きつけている。
(source:http://www.nakagincapsuletower.com/project)
歴史を否定するかのように、永遠に未完成で、永遠の新しさを目指した建築が、歴史の生き証人となってレトロな魅力を放っているという皮肉な現実。
未来は予測不可能で、理性による計画的発想はどこかで裏切られ、思いもよらない世界が訪れる、というのが実に痛快ではないか。
日本が輝かしい未来を信じていた時代のイコンとして、当時のぴかぴかの未来像の象徴として、そして日本発のアヴァンギャルド建築運動の証言者として、中銀カプセルタワーは永久保存に値する建築である。
*参考文献 : 『メタボリズムの未来都市』カタログ(2011)
『中銀カプセルタワー 銀座の白い箱舟』中銀カプセルタワービル保存・再生
プロジェクト編著(青月社2015)
本書は中銀カプセルタワーの保存・再生のために企画された書籍で印税は
そのために活用される)
中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト(代表・前田達之)
:http://www.nakagincapsuletower.com/
*初出 zeitgeist site
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