マーク・ロスコのシーグラム壁画(Manhattan Mural)は、シーグラムビルの高級レストラン ザ・フォー・シーズンズの壁を飾ることはなかった。
ロスコが一方的に契約を破棄して、作品の引渡しを拒否したからだ。何故、ロスコは態度を豹変させたのか。
ロスコはその心変わりの真の理由を説明してはない。真相は霧のなかだ。単なる気まぐれだったのかもしれない。
(*source: https://theculturetrip.com/europe/the-netherlands/articles/10-things-you-should-know-about-mark-rothko/)
「もともとロスコには7作品を飾るぐらいのスペースしか提供されていなかった」あるいは「小さい方のダイニングルームに飾る500~600平方フィート(46~55㎡)分の絵画が発注された」と伝えられている。
出来上がりつつあるザ・フォー・シーズンズの空間を実際に見て、ロスコはこう思ったのかもしれない。与えられたスペースに作品を展示しても、レストラン全体の雰囲気に飲み込まれてしまい、自らの作品が高級レストランの添え物としてしか認識されない、とロスコは気づく。これでは高級レストランに通うようなクズども(son of a bitch)の鼻を明かしてやることなどは到底無理だと。本物の空間の広がりや質感を目の当たりにして、最初からわかりそうなことを、いまさらながら気がついた自分に苛立つロスコ。(*1)
絵画製作中にマーク・ロスコは、フィレンツェのサン・ロレンツォ教会の一画にあるラウレンティアーナ図書館を訪れている。ミケランジェロの手になる入口ホール(Vestibule)の空間を、マーク・ロスコはこう語っている。「そこは、訪れた人に、壁に配置された閉め切られたドアと窓によって捕らえられているかのような感覚を与える空間だ。それこそ私が求めていた空間感覚だ」。(*2)
(*Laurentian Library Vestibule, source: https://jp.pinterest.com/pin/51791464435724790/)
シーグラム壁画はダークな赤や暗褐色による油絵だ。暗鬱な色を背景にして、繰返し変奏される四角形のモチーフは窓やドアに見えなくはない。
(*Mark Rothko Untitled 1958,Kawamura Memorial Museum of Art, Sakura © Kate Rothko Prizel and Christopher Rothko/DACS 1998, source:http://www.tate.org.uk/whats-on/exhibition/rothko/room-guide/room-3-seagram-murals)
ミケランジェロの空間の体験にまつわるエピソードは、シーグラム壁画の契約破棄事件に別の視座を与えてくれる。ロスコはこう考えたのではなかったか。ブルジョア連中の鼻を明かしてやるような姑息な考えはもはやどうでも良い。やるべきことは本来の自らの芸術とその使命を真っ当することだ。それは空間丸ごとで表現される芸術、観る者の全身に訴えかける全空間芸術である、と。
マーク・ロスコは実作を諦めかけた不遇の40年代に、自らの美術理論についての文章を残している。その中で芸術と装飾の違いについて語っている。
「芸術作品が装飾目的で使われ得たからといって、それが偉大な芸術でなくなるわけではない。(中略)この両者には何のつながりもないということは言っておきたい。芸術の装飾性は、根本的な諸法則に則り、それを証したてるような、精神的で哲学的なものだ。(中略)装飾とはつまり趣味の良さの表現なのだ。一枚の絵画が、趣味の良さを真っ向から踏みにじることもある。装飾は芸術にひとつの教訓を与えているとも考えられよう。つまり、外形のみを追求していけば、精神の存在は完全に抹殺されてしまう、という教訓をである」(『ロスコ 芸術家のリアリティ』)
「自己表現は退屈だ」、「悲劇、忘我、運命といった人間の基本的な感情を表現することだけに関心がある」とも述べている。
人間存在の宿命的な悲劇性。このロスコが追い求めた主題を観る者に伝えるためには、ミケランジェロによるラウレンティアーナ図書館のような、アートと空間が一体となって観る者の精神に深く訴えかけ、全身で感得させるような没入空間が不可欠だと思い至ったのではなかったか。
高級レストランを飾るために作品を売り渡すこと自体が、もはや自らの芸術への決定的な裏切り行為だった。
マーク・ロスコの手元には約30点の連作絵画が残った。シーグラム壁画は現在、ロンドンのテート・モダン、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アート、そして日本の千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館の3箇所に収蔵されている。ロスコの意向を尊重するように、テート・モダンとDIC川村記念美術館では、ロスコ・ルームと呼ばれる専用の展示空間が用意されている。
DIC川村記念美術館のロスコ・ルームには、シーグラム壁画7点が展示されている。
(*source:http://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.en/2015/12/colour-and-comfort-by-chemistry.html)
晩年のマーク・ロスコは、1964年にヒューストンのセント・トマス大学構内の無宗教の礼拝堂のための絵画作成を依頼される。作品と環境が一体となった「場」を求めるという、自らの理想を実現するライフワークとなった「ロスコ・チャペル」の建設である。設計はザ・フォー・シーズンズで確執のあったフィリップ・ジョンソン。二人は光の取り入れ方でまたしても衝突する。結局、設計者が変わり「ロスコ・チャペル」は1971年に完成する。
マーク・ロスコが大量の抗うつ剤を服用し、剃刀の刃で自らを腕を滅多切りして66歳で自死する翌年だった。
同じバウハウス出身のワルター・グロピウスが設計したメットライフビル(旧パンナムビル)では、建築とジョゼフ・アルバースによるアートが幸福な関係を奏でた。シーグラムビルとマーク・ロスコの場合は、それとは正反対に建築とアートが激しく対立した。
建築とアート。空間をめぐる二つの権力は、時には蜜月を演じ、時には死闘を演じる。
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(*1)ロスコは作品がレストランではなくて、ロビーや重役会議室など、もっと権威のある場所に架けられると勘違いしていたと伝える情報もある。
(*2)ロスコは同時期に訪れたポンペイのヴィッラ・ディ・ミステリ(Villa dei Misteri)の壁画からシーグラム壁画で使った暗い赤のインスピレーションを得たといわれている。
*参考文献等 :
Mark Rothko,Wikipedia,Available at<https://en.wikipedia.org/wiki/Mark_Rothko>
マーク・ロスコ,『ロスコ 芸術家のリアリティ』,みすず書房(2009年)
マーク・ロスコの<シーグラム壁画>,DIC川村美術館,Available at<http://kawamura-museum.dic.co.jp/collection/mark_rothko.html>
Dan Howarth,Critics slam "painful" auction of items from Philip Johnson's The Four Seasons restaurant,
Available at<https://www.dezeen.com/2016/06/15/critics-slam-painful-wright-auction-philip-johnson-four-seasons-restaurant-seagram-building-interior-new-york/>
Mark Rothko Seagram Murals,National gallery of Art U.S.A.,Available at<https://www.nga.gov/collection/rothko.shtm>
*初出 zeigeist site
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