完璧なインテリア。
完璧なデザインのモノや空間に囲まれて暮らす。誰もが一度はあこがれるライフスタイルだ。
計算されたフォルム、絶妙なプロポーション、吟味された素材、味わいのあるテクスチャ、洗練された色、研ぎ澄まされたディテール。背後にある、それらを完璧にコントロールする深い知性と類まれなる感性。
完璧なインテリアを見たかったら、映画『インテリア』(ウディ・アレン監督、1978年)は必見だ。
イヴ(ジェラルディン・ペイジ)は才能あるインテリアデコレーター。年齢は六十がらみで企業弁護士の夫(E・G・マーシャル)との間に3人の娘がある。申し分のない裕福な家庭。娘3人はそれぞれすでに独立している。
イヴとイヴの手によって完璧に造り込まれたインテリアが本作の主役だ。
映画の主要な舞台となるのは、ロングアイランドのサウサンプトンにある、ビーチに面したサマーハウス。そこは家族で過ごした夏の思い出が宿る邸宅別荘だ。
窓から海を望む開放的なダイニング。開け放たれた大きな窓からは波の音が聞こえ、潮風が感じられる。ほとんど白に近いベージュの壁に木のフローリング、木の家具を組み合わせた、夏の別荘にふさわしいリラックスした空間。大きな一枚天板のラウンドテーブル、アンティークの椅子、ラグマットなどが、家族だけの、気の置けない雰囲気を作り出している。
マンハッタンの夫婦のアパートメントのダイニング。腰までパネリングが施され、重厚なモールディングが廻っている。モールディングは建具のケーシングと一体となって空間のフォーマルなイメージを作り出している。白い壁には控え目に古代ローマあたりの神殿の風景が描かれている。流れるような模様の一枚物の大理石天板のテーブルに、白のレザーを貼ったカンチレバー構造のモダンなチェア(ミースのブルーノチェアに似ているがディテールが少し異なる)が組み合わされている。床は落ち着いたダークグリーンの幾何学パターンの絨毯。サマーハウスとは一転してアーバンでゴージャスなイメージのインテリアだ。クラシカルとモダニズムを調和させた、イヴの知的で抑制的な美意識がうかがえる。
同じアパートメントのリビングルームは、部屋のコーナーや窓廻りにピラスター(付け柱)が設けられ、パブリックな空間にふさわしい秩序だった雰囲気を感じさせるデザインがなされている。窓は白桟の上げ下げ窓とフレンチウインドウ。トープカラーのベルベットのような張地のシンプルなデザインのソファがランダムに置かれる。ナチュラルな木のコンソール、その上に一つだけ置かれた青磁、木でフレーミングされた淡いドローイングなどが、控え目なアクセントとして調和している。}
完璧さを求めるイヴを象徴するシーンがある。穏やかなペールトーンの空間にシンプルな家具が置かれた、ピースフルなイメージのサマーハウスのベッドルーム。アンシンメトリーにおけれた花瓶、シェードランプ、タブローが親密さを醸し出している。イヴはさらなる完璧さを求めて設えを吟味する。ベッドサイドテーブルの複数の花瓶の組み合わせと置き場所を試し、絵の位置を微調整し、ベッドメーキングに手を入れる。
穏やかな夫がある日突然、別居を願い出る。このことがきっかけになり、申し分なく見えた家族の崩壊劇が始まる。
原因はイヴの完璧さにあった。
長女は回想する。「完璧で秩序ある暮らし。混乱を許さない調和。イヴが作った見えない世界に私たちは住まわされていた。巨大で偉大な、さながら氷の宮殿。そしてある日、私たちは突然気づいた。お互いの越えがたい淵。赤の他人を見る思いがした」、「父は母が作った人間だった。大学時代に見初め、ロースクールを卒業させ、開業資金も出した」
イヴは過激な完璧主義者だった。
次女のアパートに赴き、シェードランプがリビングのテイストに合わないと勝手に移動し、「広いリビングはもう少しペールなトーンの床にしないと。あなたも承知したはずよ」と勝手に何回目かの改装を主導しようとし、挙句の果てに、次女の恋人の使っているローションの香りにまでそれとなく不満を呈する。
イヴの完璧主義はファッションや所作においても徹底している。
髪型はいつもフォーマルなフレンチツイスト(夜会巻)にし、身体のラインを不必要に強調しないソフトな仕立ての服を身に纏い、色は自らの金髪に調和するアイスグレーやベージュにこだわり、アクセサリーなどは身につけない。抑えられた声と穏やかな口調で話し、いかなる時も落ち着いた態度を崩さない。
サマーハウスの朝の食卓で、夫が突然別居を切り出した時も、ひとり優雅なふるまいを変えずに、娘たちが動転するのを「息弾ませないで!」と静かに叱責する。
メイトリアーカル・マザー Matriarchal Mother という言葉がある。メイトリアーカルとは、女家長、母権制と訳される。アメリカのWASP家系などで、母が家族経営や一家の家風に対して実質の力を持ち、子供たちにエリートとして不可欠な禁欲、鍛練、自己抑制を厳しく躾ける母親を指している。往々にして妻は夫よりも格上の家系の出身だったりする。アメリカ大統領ジョージ・H・W・ブッシュの母親のドロシー・ウォーカー・ブッシュがその代表だ。
夫を育て、家庭をコントロールし、家族の一大事の際にも皆に自己抑制を要求するイヴは、まさにメイトリアーカル・マザーの典型だ。
父の反乱は、そんなイヴの完璧さへの反乱だった。
イヴは夫の申し出に対していつものように動揺を表に出さないが、密かにガス自殺を企て、未遂に終わるものの、その後イヴは精神のバランスを崩していく。
3人の娘たちも、母親の直接、間接の影響下にあることが暗示される。クリエイティブな才能に恵まれた母のもと、娘は3人とも芸術志向の人間に育っている。芸術分野は残酷だ。才能の多寡が努力以上にひとの人生を決定する。
詩人として認められているものの、母譲りの繊細な精神への不安を抱える長女レナータ(ダイアン・キートン)。売れない作家の夫は嫉妬から、レナータが父親から資金援助を受けていることに悪態をつく。
意欲に才能が伴わず、女優くずれでゴシップライターに甘んじている次女ジョーイ(メアリー・ベス・ハート)。才能あるレナータが母のお気に入りであることを恨みに思っている。
三流映画にしか声のかからないまま女優を続けている三女フリン(クリスティン・グリフィス)。家族から距離を置くように西海岸に住んでいる。
サマーハウスでの父の再婚パーティーが行われた夜。ジョーイは、居ないはずの母がいつの間にか物陰に身を潜めるように室内を窺っているのを認め、独り言のように母への愛憎を吐露する。
「美しく家具が設えられた部屋、丁寧に造り込まれたインテリア、ひとつひとつがきちんとコントロールされ、そこにはいかなる感情も入り込む余地がなかった。私たち家族の誰の感情もまったくその余地はなかった。レナータ以外は」
この言葉を陰で聞いていたイヴは、海に向かい入水する。気がついたジョーイが後を追って海に入るも、すでに母の姿はなく、おぼれかけたジョーイは恋人にかろうじて助けられる。ジョーイが息を吹き返したのは、嫌悪していた父の再婚相手による口移しの人工呼吸の結果だった。
本作の原題はInteriors という複数形名詞。名詞のインテリアは、いわゆる内装に加えて、室内装飾品やひとの内面という意味もある。
イヴの完璧主義は、知らず知らずのうちに、家族もインテリア(装飾品)のひとつとして、自身の意図のもとに置こうとし、家族の崩壊を招いた。
イヴが選んだのは、じつに彼女らしい結末だった。イヴは最後まで完璧主義者だった。
完璧さは、どこか、意図の過剰さゆえの虚無、人間不在の冷淡で拒否的な感じ、余裕や隙が欠落した痛々しさ、を感じさせはしまいか。
完璧なデザインは、かすかな無残さを漂わせている。
参考文献 : 越智道雄 『ワスプ(WASP) - アメリカン・エリートはどうつくられるか』(中公新書、1998年)
*初出:zeitgeist site
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