六本木の夜の海に浮かんだ孤島のような存在だったABC(詳しくはこちらを)。
その跡に2018年末にオープンしたのが、入場料を払って利用するという新しい試みの本屋 文喫だ。
文喫の運営は取次大手の日販傘下のリブロプラス。名前から分かるようにリブロプラスは、西武百貨店池袋店の本屋からスタートし、セゾン文化の発信の一翼を担っていたリブロが母体となっている。
文喫を利用してみた。
入ってすぐの天井が高い吹き抜けの空間、奥の階段、スキップしたフロアなど、ちょっとした劇場やロフトを思わせる空間はABCのままだ。ABC独特の空間がそのままなだけでも、往時のファンはうれしい。
右手のカウンターで入場料1,500円(平日)を払う。1階の雑誌コーナーは、通常の本屋と同様にだれでも利用できる。奥の階段から半階分上ったところが入場料が必要となるゾーンだ。
当時のABCと異なるのは半階上のゾーンの右側に広いカフェが設けられていること。入場者はコーヒーなどが無料で飲める。おかわりも自由だ。プレートなどもあり食事もできる(別途有料)。
大きなテーブル、2人掛けテーブル、シングルシーターのソファ、ガラスで仕切られた半個室的なのコーナー、寝転がって本が読める靴を脱いで上がるコーナーなど、人数と用途と気分によっていろいろと居場所が選べるのがうれしい。
2階の吹き抜けに面する側は長いカウンターの閲覧席が設えてあり、じっくり本を読んだり集中して書き物をしたりするのに向いている。2階の突き当り(道路側)は予約制の個室になっており、打ち合わせやミーティングなどに使われている。
文喫ではカフェや閲覧席に気になった本を持ち込んで、コーヒーを飲みながら、時間を気にせず、何冊でも、じっくりと品定めすることができる。気になった箇所をメモしたり、参照しながら原稿や企画書を書くことも可能だ。
普通の書店や図書館やカフでも、それぞれで、新刊の立ち読みやたくさんの本をじっくり閲覧することや持参した本とコーヒーで一時を過ごすことは可能だが、これらを一度にできるというのが、ここ文喫ならではの楽しみだといえる。
今回は以下の5冊を手に取ってカフェに持ち込んだ。
山田宏一『ハワード・ホークス映画読本』(国書刊行会)、チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』(早川文庫SF)、南後由和『ひとり空間の都市論』(ちくま新書)、谷口ジロー『ENEMIGO』(光文社コミック業書"SIGNAL")、ロバート・ロス『洋服を着た近代』(法政大学出版会)。
そしてハワード・ホークスと谷口ジローの2冊を購入した。
普段はあまり手に取らないSF小説『都市と都市』を見つけたのはそれが建築のコーナーにあったからだし、ユニークな視点からの近代論『洋服を着た近代』はファッションのコーナーにあったから手を伸ばしたものだ。
こうした思わぬ出会いをもたらしてくれるのが、ABCあるいはリブロが先駆けた、書店が独自の視点でジャンルにこだわらずに選書・陳列する編集的書棚構成だ。後に広く「文脈棚」と呼ばれるようになったABCやリブロの個性と伝統が文喫でも受け継がれている。
一方、本が置かれている面積がABC時代の約半分強ぐらいに縮小され、また各カテゴリーにおいて入門的な書籍もそろえているためか、品ぞろえのマイナー感やマニアック感は、ABCから後退している。
特定分野を広く、深くという際は、やはり売り場面積が大きい、例えば青山のABCあたりの方がふさわしいだろう。
したがって、リピーターの獲得には、不断の更新による書棚の新鮮さの維持が不可欠のように思う。行くたびに新たな発見や出会いがあるという楽しみだ。
書棚の前であれこれと本を眺め、思わぬ出会いを楽しみ、何冊かの本をカフェでじっくり品定めして、コーヒーを2杯飲んで、2時間ばかり快適に過ごして1,500円。
これが高いか安いかは、ひとそれぞれだろう。
カルチャー系に関して硬軟いずれの切り口にも興味があるひと、意外な発見や予想しない知のサプライズが好きな人、カテゴリー越境的、ジャンル横断的な本の発見と知の連鎖が好きなひとにとっては、文喫で過ごす時間は価値ある時間となるはずだ。
かつてのABCがアフター・ディナーにふさわしかったとしたら、文喫に似合うのはちょっと退屈ぎみの昼下がりだ。
昼下がりの文喫。あなたも試してみませんか。
■文喫
住所:東京都港区六本木6-1-20六本木電気ビルディング1階
営業時間:9:00〜22:00
定休日:不定休
席数:喫茶室90席、閲覧室12席、研究室8席
入場料:平日1,500円、日祝1,800円
公式サイト
*初出:東京カンテイ「マンションライブラリー」
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