「鉄とガラスとコンクリート」。モダニズム建築の代名詞として使われるマテリアルだ。
鉄筋コンクリート造(RC造)の躯体にガラスの窓、あるいは、鉄骨造の構造体をガラスのカーテンウォールが包む、世界の都市はまさに「鉄とガラスとコンクリート」であふれている。
現代建築のイメージを決定づけた、ガラスカーテンウォールによる高層ビルの元祖は、ニューヨークの《国連ビル》(1952年)だ。設計委員会のフランス代表だったル・コルビュジエの案が原案となっている。カーテンウォールには、軽量・堅固で押出成形によりどのような形状も作ることができるアルミが使われている。
(*photo by Steve Cadman - The United Nations Building / CC BY- SA)
同年に同じニューヨークで竣工した《レバー・ハウス》(1952年)では、ステンレスのカーテンウォールが使われていた。設計はインターナショナルスタイルのビルを数多く手がけたシカゴのSOM。
(*photo by David Shankbone - Lever House in New York City / CC BY-SA3.0)
こうしたガラスカーテンウォールの登場により、壁の軽量化が実現し、ガラスの高層ビルが世界中に普及していく。
モダニズム建築のアイコンであり、ガラスのビルの代名詞となっている、ミースの《シーグラムビル》(1958年)では、ブロンズ/ブラス(★)のカーテンウォールが採用されている。
(*photo by Dan DeLuca - seagrams_building-plaza / CC BY2.0)
なぜミースはブロンズ/ブラスを使ったのだろうか?
「ミースはカーテンにピンク・グレイのガラスを使い、それを挟み込むサッシには建築用金属のうち一番貴族的なブロンズを用いている。こうしてボリューム全体は暖かく、落ち着いて、艶消し仕上げの古い硬貨のように輝き、時が過ぎて行けばより確かに、より堅固に気品をただ加えていくのだ」とフランツ・シュルツは記している(『評伝ミース・ファン・デル・ローエ』、澤村明訳、鹿島出版会、2006年)。
合理、無装飾、普遍のインターナショナルスタイルの元祖とされながら、実はミースは、プロポーションに厳しく、気に入った素材に執着し、ディテールに細かくこだわり、自らの美意識を貫き通した建築家でもある。
ミーススタイルの鉄とガラスの建築が、世界にあふれるようになっても、それらはミースのそれとは微妙に、しかし決定的に異なるのは、その美意識と徹底の違いだ。同じ「鉄とガラス」だが、ミースのそれは、「鉄とガラス」の貴族だ。
《シーグラムビル》をはじめ、ミースが手がけた高層ビルのマリオンに必ず設置されていた(構造とは無縁の)I型鋼は、その美意識のひとつであり、ブロンズ/ブラスのカーテンウォールもそのひとつだ。
先行するほかのビルの素材に比べ明らかに高価であること、そして、時とともに気品と威厳を備えた成熟へと至る、ワインや骨董にも似たその特性。ミースがブロンズ/ブラスを選んだ理由はこのあたりにあったのではないか。ミースは贅沢好きで有名だった。
《シーグラムビル》では、外装のカーテンウォールだけではなく、インテリアにおいてもブロンズ/ブラスが印象的に使われている。
《シーグラムビル》にあったレストラン、ザ・フォーシーズンズThe Four Seasons でひと際印象的なのが、ザ・バーのカウンターの上に設けられた、フィリップ・リッポルドによる壮麗なブロンズ/ブラスのオブジェだ。
(*source : wallpaper.com)
数々の伝説に彩られた、ある時代のニューヨークを象徴する、このレストランのことは以前書いた(記事:空間をめぐる権力<前編> ~マーク・ロスコのシーグラム壁画はなぜザ・フォーシーズンズに飾られなかったのか~参照)。
ザ・フォーシーズンズが、新たなビルオーナーが賃貸契約を終了させたために、2016年にクローズになり、調度品などがオークションに掛けられ、その閉店を惜しむ声がニューヨーカーの間で上がったことも先の記事で記した。ちなみに《シーグラムビル》とともにこのレストランは、ニューヨークの国家歴史登録財の指定を受けている。
その跡のフロアの去就が注目されていたが、《シーグラムビル》の新オーナーのアビー・ローゼンの手によって、新たなレストラン(ザ・グリルと呼ばれている)として生まれ変わったことが、wallpaperのサイト(2017年4月27日付のアロン・ピーズリー Aaron Peasleyの記事)で紹介されている。
すでに世界の古典となっている建築空間を改造する気はなかった、との言葉の通り、アビー・ローゼンは、かつてのフィリップ・ジョンソンによるザ・フォーシーズンズのインテリアを最大限尊重したリノベーションにより、このニューヨークの伝説的レストランをよみがえらせた。
ザ・バーもフィリップ・リッポルドのブロンズ/ブラスのオブジェもそのまま健在であり、そこで使われたていたミースのスツールもKnollによって新たに作られたものが置かれ、同様にダイニングで使われていたミースのブルーノチェアは、オリジナルのステンレスのフラットバーにブロンズ/ブラスが施された黄金のチェアとして復活している。
(*source : wallpaper.com)
この新たによみがえったレストランは、ニューヨーカーからの評判も上々だそうで、アビー・ローゼンとは宿敵として伝えられている、かつてのビル建設者一族であり、ミースに設計の白羽の矢を立てた人物であり、ザ・フォーシーズンズのファウンダーの一人でもある、アメリカ建築界の大御所フィリス・ランバートですら、90歳の誕生日をこのレストランで祝ったそうだ。
ちなみに2018年に移転・再開したザ・フォーシーズンズの方は、残念ながら本年(2019年)6月11日で閉店している。
近年では、これまで金属と言えばシルバー色一辺倒だった、シンプルさを誇るモダンファニチャーや北欧デザインの世界においても、温かみのある色、どこか懐かしい渋い光沢、華やかな黄金の輝きなどを表現した、コンパー(銅)や銅合金の家具や照明が登場している。
同時に、コッパー(銅)は、そして銅の合金であるブラスやブロンズは、時間とともにその色、光沢、輝きなどが変化するのところが、アルミやステンレスとは大きく異なる特徴である。
わたしたちが知っているニューヨークのリバティ島にある自由の女神は緑色だが、フランスから送られたばかりの頃は、銅そのままの赤っぽい金属色だった。現在の緑色の外観は、経年変化によって外装の銅に緑青が生じたものだ。
フランク・ロイド・ライトは、屋根材やステンドグラスの枠や照明器具などに銅を好んで使った。自然のなかの建築、有機的建築を志向したライトは、時間とともに変化する銅の特性に、自らの建築哲学を体現するものを見出していたのだろう。
近年では、ヘルツォーグ&ド・ムーロンの手によるサンフランシスコの《デ・ヤング美術館》(2005年リニューアルオープン)の外装にエンボス加工や穴あき加工がなされた銅板が大々的に使われている。こちらも経年によって自然に色や表情が変化し、周囲の緑に馴染んでゆく、自然に溶け込む建築が意図されている。
(*source : zenandtheartoftravel.com)
最近の建築では、退色や錆びや劣化を理由に、鉄すらも嫌われ、いつまでも変わらないこと、手がかからないこと、永遠に新しいことを売りにする建築ばかりが席捲する世の中だ。
だがこうとも言える。永遠の新しさとは、時のもたらす豊饒さを忘れた、永遠の退屈の別名でもあると。
(★)一般に日本語ではブロンズ(青銅)とは、銅と錫の合金で、ブラス(真鍮)とは銅と亜鉛の合金のことを指す。ブラスの中でも、亜鉛の含有率大きいものが黄銅(真鍮)と呼ばれ、亜鉛の含有率の小さいものは丹銅と呼ばれる。建築材料においは、銅合金全般をブロンズ(押出ブロンズ)と呼ぶことが多く、建築でブロンズという場合はこの丹銅のことを指している。シーグラムビルで使われたブロンズも、この丹銅のことだと思われる。内田祥哉は、アメリカの建築界においては、ブロンズとブラスは必ずしも区別されておらず、《シーグラムビル》に使われたブロンズとは、押し出し成型が可能な銅と亜鉛の合金のことだと述べている(『内田祥哉 窓と建築ゼミナール』、鹿島出版会、2017年)。本文では上記を踏まえ「ブロンズ/ブラス」と表記した。
*初出:zeitgeist site
copyrights (c) 2020 tokyo culture addiction all rights reserved. 無断転載禁止。