料理本は2度美味しい。1度目は読んだ時、そして2度目は料理を作った時が。
優れた料理本は、料理を想像しながら読む楽しみと、文章を読みながら料理を作る楽しみという2つの楽しみが味わえるのが他の書籍にはない、なんとも愉快なところである。
実際、ある料理を作りたくなるきっかけは、その料理を食べたいからというよりは、その料理が書かれているあの文章をまた読みたくなったから、あるいは、あの写真が載っているページをまた見たいからという、まったく本末転倒した理由によることもままあるぐらいに、そうした料理本は我々の創作意欲を刺激してくれる。
それは、料理とその料理を作るプロセスを表現して、単なるマニュアルを超えた個性ある作品に結実しているからであろう。
そうした「読みつつ作り、作りつつ読む」楽しみを味わわせてくれる優れた料理本として、
・『壇流クッキング』 壇一雄 (中公文庫)
・『女たちよ!』 伊丹十三 (文春文庫)
・『健全なる美食』 玉村豊男 (中央公論社)
・『悦楽的男の食卓』 西川治 (マガジンハウス)
・『ショージ君の「料理大好き!」』 東海林さだお (平凡社)
などを挙げてみたい。
我が家のお正月の準備は、壇レシピによる博多じめと伊丹レシピに基づく黒豆作りから始まるのがここ十数年来のならわしだし、たとえ有名店といえども玉村レシピによる麻婆豆腐を超えるモノには滅多にお目にかかったことはない。我が家のボロネーゼやパエリアは昭和時代からずっと西川レシピを忠実に守っているし、ショージ君レシピの「銀火丼」は何回食べてもそのシンプルなうまさに感動を新たにする逸品である。
ステファン・レイノーによる 『ポーク&サン』 : Stephane Reynaud, Pork & Sons (PHAIDON) も実に楽しい料理本の1冊である。
この本は題名から分かるように豚料理のレシピを紹介した料理本であるが、冒頭に置かれた、フランスのアルプスのふもとのアルデッシュ(Ardeche)県の村サン・アグレーブ(Saint-Agreve)でブッチャー&シャルキュトリー(日本でいうと、肉屋兼食肉加工屋というところか)を営んでいた祖父と今もそこで働く職人たちを紹介する文章の簡潔で暖かいまなざしがなかなか良い。
ブッチャーの仕事の第一歩である屠殺のことも”Pig-Killig Time”としてその一日が描かれていおり、我々がつい忘れてしまいがちな食材とその背景にあるリアリティを改めて認識させてくれるところなどは、普通の料理本にはないユニークところである。
レシピのページでは、料理の写真(by Marie-Pierre Morel)ひとつひとつが実に美しくうまそうだ。料理そのものもさることながら、あわせられている皿や鍋やリネンのセンスも良く感心する。また、各ページで展開されるブタのイラスト(by Jose Reis de Matos)が秀逸で、著者とその仲間たちの普段着でのセンスの良さが偲ばれる完成度の高いブックデザインとなっている。
肝心の料理も定番のパテ、リヨン、コンフィなどからサフラン・パプリカ・ジンジャー・クミン・カレーパウダーなどのエキゾチックなスパイスをつかったスパイス・コンフィまで、実際作ってみて実質本意で実にうまい点で太鼓判を押せる。
パテ・ドゥ・カンパーニュ <154ページ Rene's pate に基づく>
スパイス・コンフィ <246ページ Spiced pork belly confit に基づく>
なにより、この本の膝を打つような楽しい気分は、
「そう、君の料理はわずかばかり僕の料理とは違うかもしれない。でもそれが料理のすばらしいところなんだ。料理の最高の楽しさは言ってみれば錬金術ということだからね。」
という著者の言葉に表れており、マニュアル然とした、しかしながら、肝心な勘所は決して明かさないレシピ本にはない、愉快さの所以である。
著者は現在、パリ郊外のモントルイユで”Villa9trois”というレストランも経営しているとのこと。次回のパリ滞在ではぜひ足を運びたいものである。
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