築地市場の「井上」のラーメンや「きつねや」の煮込丼や「豊ちゃん」のオムハヤシに惹かれるのと同様に、パリでも思わず市場の青空食堂の味と雰囲気に惹かれてしまいます。
日本版『フィガロ』連載のパリ案内で有名な稲葉由紀子さんの本を参考にマレ地区の北、10区や11区にもほど近い3区のアンファン・ルージュ市場を訪ねてみました。
ここはパリで最初の屋根付き市場だそうですが、その規模は小さく、もちろん食材のお店もありますが、それよりは持ち帰りや買ってその場のテーブルで食べることができる食堂街という感じの市場でした。
お目当てはその名もずばり「モロッコ惣菜」こと”Le Traiteur Marocain du Marche des Enfants Rouges”。
「サーディンのグリル」、「オリーブとタマネギのサラダ」、「レモン風味の鶏のタジーヌ」、「ひき肉とソーセージのタジーヌ」、そして定番の「ミントティー」。お酒はNGかと思いきや、切り盛りする人なつっこそうなお兄ちゃんに聞くと、隣のしゃれたスタンディングバーで買って飲めるという。さらに呑み助の人はその奥のワイン屋から好みの一本を購ってちびちびやるも良しという、それこそ市場ならではの何とも自由で楽しい「向こう三軒両隣コラボレーション大会」という仕組。
もちろん味も抜群。皮ごと分厚い輪切りにしてマリネしてある塩漬けレモンの穏やかな酸味とほろ苦さは、オイリーでスパイシーなタジーヌという一皿に洗練という奥深さを付与しておりました。また、タジーヌに添えられる薫り高いスムースな感触のクスクスも日本では決してお目にかかれない代物です。
ここは、様々な食材と市場の臨場感と顔の見える手作り料理が好きな人にはうってつけの食堂でした。
そして、市場の中をうろうろしていると一画に、なんとトンカツ、マグロづけ丼、さば味噌定食等々の黒板メニューを発見!これはどうしたことかと、尋ねてみると日本人の女性がやっているまさに日本のいわゆる定食屋「タエコ」"Taeko”というお店でした。
ホテルに程近いこともあり、さっそく、次に日の昼訪ねてみました。昼時で大賑わいの各食堂のなかでもここは最も長い行列ができている食堂で、フランス人にも日本の定食屋が受けいれられて大人気なのを見るのは、「定食屋好き」としてはまさに感動の文化的光景でした。
フランス産の高密のむっちりした厚切りの豚を目の細かいパン粉で見事にカラッと揚げたキツネ色のトンカツにこれまた日本風のソースがかかっている一品を肴に麒麟の一番絞りをぐいっと飲るパリの昼下がりは、不思議な感覚をもたらしてくれるとともに、神保町や恵比寿や大井町のなじみの定食屋やトンカツ屋での「昼からビール」のひと時にも勝るとも劣らない至福の時でもありました。
働く人は全員が日本人女性。そのすっとしたモダンビューティとたおやかでいながらかつきびきびとしたアティチュードもまちがいなくメニューや味に劣らないこのお店ならではの魅力のような気がしました。
最後にここ異国パリ(古いネ!)で果敢に日本の定食文化(こういうものこそ真の文化というんです)を創造・発信し続けている頭の下がるオーナー兼料理人のタエコさんにささやかながら謝意を伝えて市場を後にしました。
帰って確かめると、タエコさんのお店もちゃんと稲葉さんの本に載っておりました。恐れ入りました。
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