住まいや暮らしに興味のある人にとって、貴族や富豪の館を改装した私的な美術館を訪れることができるのはパリの楽しみのひとつです。
それらはミュージアムを目的に作られた建物とは異なり、かつて館として使われていた頃のプランがそのまま残され、各居室が展示室として使われていることも多く、また、床や壁や階段やドアなど、その空間を特徴付けているエレメントが手付かずに残っているところも数多くあります。
中には、かつての居住者であった貴族や後年それらの館を入手した富豪自らが収集した美術品や家具がかつての様子のままに各部屋に展示されている美術館もあり、そうしたところではかつての住まい手の暮らしのどうにも拭い切れない濃密な残り香のようなものが静かな迫力で迫ってくることもしばしばです。
各部屋を独立させる廊下というプライバシー装置が発明される以前の平面を巡りながら、私性への希求とモダン住宅との関係に思いをめぐらせたり、あるいは、天井高と巾木の高さの関係や壁とドアとドア枠のカラーの組み合わせのバリエーションの妙味を吟味しながら館内をそぞろ歩くことは、住宅好きにとって展示されている美術品をも忘れてしまいそうなぐらいに幸福なひと時であります。
ニッシム・ド・カモンド美術家、コニャック・ジェイ美術家(ドノン館)、ロダン美術館(ビロン館)、カルナヴァレ美術館、ユゴー記念館(ロアン・ゲメネ館)、ピカソ美術家(サレ館)、ジャックマール・アンドレ美術館、ロマン派美術館などなど、一口に館といっても、16世紀の建物から20世紀初頭の建築まで、あるいはとても個人の住居とは思えない大邸宅から作家の住んだこじんまりしたアトリエ住居まで、その歴史や規模は様々で、そこもまた「館美術館」巡りの楽しいところであります。
今回はマレ地区での用事の合間にサン・ポールの駅からもほど近いヨーロッパ写真館を訪れてみました。この美術館の開館は1990年と比較的最近でありますが、建物は1706年に建てられたエノー・ド・カントーブル館とあって300年以上の歴史を誇る建物でありました。
建物の古典様式の意匠と対比をなすようにあえて控えめに設えられたゲート(好みです)を潜ると、田原桂一の手になる”Jarudin NIWA”というモダン枯山水の庭園が迎えてくれます。
催されていた展示では、同館所蔵のMinot-Gormezano(それぞれミノー、ゴルメザーノと読むのか。2人組みの作家です)による水面に映った自分と水面に落ちた自分の影を同時に2重写しに撮ったモノクロ写真による静かな表出とRobert Combasによる写真の上からペインティングしたものを写真に撮ってさらにその上からペイントした写真(?)のクールでかつ饒舌な表現に興味をそそられました。写真は地下の展示室とRobert Combasの作品です。石壁のテクスチュアとCombasによるつるっとしたコンテンポラリーな表現とが見事にマッチしておりました。
1階の石壁に囲まれた居心地の良いカフェもお勧めです。一度チケットを買えばその日は再入場も可能なので、街歩きに疲れた時や如何にもパリ風のカフェの意匠に厭いた時など、人気の少ないここのカフェに戻り、現実から少しばかり距離を置いて一息つくなどにはうってつけの場所です。
訪れたその日は、前庭に面して穿たれた窓から差し込んだ穏やかな春の光の粒子が石の部屋を満たしておりました。
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