イタリア食材を輸入している岡崎玲子さんのノンナアンドシディショップは以前、「代官山通信」でも一度ご紹介しましたが、今回はそのノンナさんで鹿児島のイタリアンレストランCAINOYA(カイノヤ)の塩澤隆由シェフによる一晩限りの食事会が開かれるということで、実は鹿児島とは浅からぬ縁があるということもあり、早速出かけて参りました。
お客さんは総勢9名という気の置けない食事会、イタリアとスロベニアにまたがるエリアで作られるという MOVIA PURO ROSE 2001 のスプマンテでの乾杯でスタートです。
アンティパストの一品目の「チポッラカラメッラ-タとパルミジャーノ」は、焼いたパイ生地の上に4時間かけてバターでカラメライズした玉ねぎとボナーティのパルミジャーノのジェラートが乗せられた一皿。
玉ねぎのかき揚や玉ねぎとバターのパスタなどには、シンプルながらも玉ねぎの甘さと香ばしさとオイリーさが混然となったえもいわれぬ旨さがあるように、このプレートもそれに劣らない玉ねぎ本来が持つ甘さと旨さを引き出したなかなかの一皿でした。
二品目は「秋刀魚のミッレフォーリエとポルチーニ」。秋刀魚の身をミルフィーユ状に重ね、つなぎに頭・わた・骨など秋刀魚のうまみを余すところなく使いながらテリーヌ状に固め、下に敷かれたソテーしたポルチーニから伝わるそこはかとない温かみとともにいただく、これまたこの時期のCAINOYA定番の一品。
秋刀魚はわたごと喰ってなんぼ、という魚食い日本の食文化の伝統をストレートに踏襲した秋刀魚料理。この冷製仕立てのアンティパスト、秋刀魚は焼きたてより少し冷めたぐらいが旨いと日頃主張している身にとって思わずひざを打つ一皿でもありました。
プリモピアットは、バスク豚を使ったラグーでいただく手造りピーチ。
ラグーとは炒めたひき肉ではなく肉の「煮込み」であるということを改めて気付かさせてくれる、こくと紛れもない肉の存在感が嬉しいパスタ。もちっとした食感の手造りピーチに実によくマッチしておりました。
セコンドは、4週間熟成の熊本赤牛のランプを使ったビステッカ。
これこそ驚きの一品。加熱と非加熱を交互に繰り返しながら、塊肉の中心温度をたんぱく質が融解するギリギリの60℃以下に保ったままで芯まで火を通した赤身の牛肉は、熟成された旨みが大切に温存されたしっとりとした味わいがまるで上等な赤身のマグロを食しているようであるとともに、良く焼かれた香ばしい表面と柔らかでありながら噛み応えのある内部とが正に牛肉ならではの食感をも兼ね備えているという逸品。「肉を焼く」、という一見シンプルな料理方法に秘められた奥の深さに改めて驚かされた一皿でした。
デザートは、CAINOYAオリジナルのボナーティのバターを練り込んだジェラート。ボナーティー以外のバターでは不可能だったというアイスと一体になった滑らかな食感のなかにバターの風味やこくもしっかりと楽しめるというオリジナルな美味し。今回CAINOYAさんが出展した伊勢丹でのイタリアフェアでも大人気のジェラートだそうです。
今日いただいたプレートは、いずれもおまかせスタイルのCAINOYAさんがこの時期に提供している主力の料理とのこと。
その料理とともに、「何もしないこととシンプルとは違う」、「その土地の、ではなくこの店の料理で呼ぶお店を目指したい」という塩澤シェフの実に真っ当でかつ力強い言葉も印象に残りました。
鹿児島のお店では、スチームコンベクション、ショックフリーザー、ガストロバックなど最新の機器を駆使しながら、料理は基本的に全て独りで切り盛りしているという塩澤シェフ。個人の個性や感性や技と最新科学の成果を融合させながら創り出される料理の数々。こうしたコンテンポラリーなスタンスの塩澤シェフの視線の先には、イタリアンという境界や日本という立地などにこだわらない新たな地平が見据えられているのかもしれません。
日本のイタリアンも、本場主義、素朴主義、地元主義など様々な受容と変容のプロセスを経ながら進化・変化しつつあることを実感できたことも今回の食事会の貴重な体験でした。
そして、いつか鹿児島のお店で、出張シェフというアウェーの成約がない塩澤シェフの手になる料理を思う存分堪能してみたいとの思いを強くしました。
ワインは PODERE SAN CRISTOFORO の AMARANTO 2009という赤ワインをいただきました。2008年が初ヴィンテージという日本ではまだまだ珍しいワイン。サンジョベーゼ種ながら、アマランスというその名の通りの透明感のある赤の色合いとナチュラルで切れのある味わいが印象的でした。
先のアペリティフでいただいた MOVIA PURO ROSE 2001 もスパークリングでノンフィルター(シャンパーニュ製法でいうデコルジュマンDegorgementを完全にはしていないということか)というこちらも極めて珍しいスプマンテ。淡い透明ピンクの色でアップルやラズベリーなどの香りが特徴の素朴かつフレッシュな一杯でした。
こうした希少な有機ワインなどを体験できたのもまさに、ノンナアンドシディさんならではの楽しみでした。食事会では、オーナーの岡崎玲子・満里さん親子も厨房のなかで奮闘してくれました。
最後は、気になっていて聞こう聞こうと思いながら当日は聞くのを忘れてしまった塩澤シェフの着ていたシェフコートの話題。
シェフコートといえばスタンドカラーのものが一般的ですが、その日塩澤シェフが着ていたのは、普通に襟が付いていて、そのややロングポイントのカラーの中ほどがアクセントのボタンで留められたデザインのもの。
もちろんイケ面系薩摩隼人たる塩澤隆由シェフの着こなしゆえという要因も大きいわけですが、このシェフコート、普通のドレスシャツのスタイルをベースにプロのユニホームの持つ機能美をさりげなく内包させたデザインが、なんともカッコイイ!という感じなのです。
キッチンに立つ際はもちろん、普段にプレーンなジャケットの下などに着用すれば襟元や袖先などがさりげないアクセントになって実に良さそうだと、早速、塩澤シェフのブログなどを参考に調べてみると、これはフランスのアルマンという専門メーカーのMilanoというモデルのシェフコートで、しかも、なんと日本でも入手可能らしいのです。
食事会に行きながらシェフコートにも目が行ってしまうという、興味がひとところにとどまらず衣食住全体に広がってしまうというアディクシオンな心性に我ながら半ば呆れながらも、現下の最大の悩みは、自らの料理の腕前やそんなの買って着る機会あるの?というリアリティを全て棚に上げ、塩澤シェフにあやかって、このフランスはアルマン社製Milanoモデルのシェフコートを入手すべきかどうか、ということになっている訳なのであります。
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