久しぶりにジャン・リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』 a bout de souffle を観てきました。この冬話題の新作『ゴダール・ソシアリスム』公開記念で催されていたゴダール映画祭2010のなかの1本です。
フランス語原題は「息もつけないほど」というような意味。英語タイトルは Breathless とストレート。その点日本語のタイトルの『勝手にしやがれ』はなかなか雰囲気が出ている優れものです。
ゴダールファンにとってのパリにおける聖地の1つ(大げさー!)といえば、なんといってもこの『勝手にしやがれ』のラストシーンが撮られたカンパーニュ・プルミエール通り Rue Campagne Prémiere でしょう。モンパルナス大通り Boulevard du Monparnasse とラスパイユ大通り Boulevard Raspail の間をつないでいる一方通行の狭い通りです。
ジャン・ポール・ベルモンド扮するミシェル・ポワカールまたの名をラズロ・コヴァックスは、ジーン・セバーグ扮するアメリカ娘パトリシアの密告により、大金を手にして高飛び寸前のところで警察に居場所を知られてしまいます。
ところで、このラズロ・コヴァックスという名前が国籍不明な怪しげな感じを醸し出していてなかなかです。ゴダールお気に入りに名前らしく『気狂いピエロ』にも登場します。もともとは、先日亡くなったクロード・シャブロル監督の『二重の鍵』でベルモンドが扮した主人公の名前だそうです。
警察から逃れ、カンパーニュ・プルミエール通りを南へ走るベルモンド。背後から一発背中を撃たれるベルモンド。よろけながらもなおも走るベルモンド。走って走って、最後はラスパイユ大通りとぶつかる交差点で突然倒れ、死ぬ間際に「最低だ」と言い残して自分で自分の瞼を閉じて息絶えます。
「最低だ」の台詞は、フランス語では "C'est vraiment dégueulasse” となっており、英語でいうと It’s really disgusting という感じの、いわゆる状況のitあるいは形式主語による構文です。
そういえば、以前、行きましたネー、カンパーニュ・プルミエール通り。矢作俊彦氏のように、果敢に通りを走ってみるところまではいたしませんでしたが、例の交差点でバッチリ、記念写真を撮ってまいりました。
なんのことはないパリに普通にある普通の交差点。それでも思い入れたっぷりのゴダールファンにとっては、アンナ・カリーナがタータンチェックのスカートで自転車に乗って現れる『はなればなれに』におけるルドリュー・ロラン Ledru Rollin の交差点などと同様になんといおうがやっぱり聖地なわけです。
ところでベルモンドの最後の台詞の「最低だ」とは何が最低なのでしょう?
文字通り、警察に捕まるようなヘマをしたこと、女、それもアメリカ娘になんぞに裏切られたこと、挙句に果てに路上で犬死してしまうことなどを意味しているのはもちろんですが、一方では、心底ちゃらんぽらんで世渡り上手の車泥棒にして警官殺しのミシェル・ポワカールが、今回ばかりは、女が密告したと告白した後も女の早く逃げてという忠告を無視して、女とのうだうだとした会話に時間を費やしてしまったり、さらに逃走を助けようとする仲間に、悔しいことにあの女のことが頭から離れないのだとつぶやいて手助けを拒否してしまい、最後はまるで自ら進んで犬死を選ぶかのように振舞ってしまうという、どうしようもなく一途で要領の悪い生き方をしてしまったことに対して、ミシェル・ポワカール自らが評した最初で最後のそして最高の賛辞でもあったのではないでしょうか。
倒れたベルモンドに駆け寄ったジーン・セバーグが側にいた警官に「何ていったの?」と問いかけます。「君は最低だ」 "T'es vraiment dégueulasse” といっていると答える警官。ベルモンドのクセだった親指で唇をこする真似をしながら「dégueulasseって何のこと?」というジーン・セバーグのアップ。暗転。
このラストの二重三重のディスコミュニケーション具合がまた、その「最低」さを否が応でも増幅してくれます。限りなく苦くかつそうであればあるほどミシェル・ポワカールの「最低」という栄光の甘美さが極まるラストシーン。
やっぱり、そこは、男の聖地だったのです。
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