第23章の舞台は、第21章の終わりでマーロウがアイリーンから誘いを受けた、ウェイド家のカクテルパーティだ。
チャンドラーは毎度おなじみのカクテルパーティーの様子をこう記す。
It was the same old cocktail party, everybody talking too loud, nobody listening, everybody hanging on for dear life to a mug of the juice, eyes very bright, cheeks flushed or pale and sweaty according to the amount of alcohol consumed and the capacity of the individual to handle it.
マーロウは書斎でロジャー・ウェイドに再会する。ウェイドはマーロウをsmall time operator in a small time businessと皮肉くりながら、同時に自らをも自嘲し卑下するひねくれ者だ。magoozlumとはコメディーなどで投げ合うカスタードパイのことを指すハリウッド・ジャーゴンらしく、転じてくだらないことの意だ。not worth the powder to blow itはほとんど価値がない、to hellは本当にという強調。
"You're looking right at a small time operator in a small time business, Marlowe.All writers are punks and I am one of the punkest. I've written twelve best sellers, and if I ever finish that stack of magoozlum on the desk there I may possibly have- written thirteen. And not a damn one of them worth the powder to blow it to hell. I have a lovely home in a highly restricted residential neighborhood that belongs to a highly restricted multimillionaire. I have a lovely wife who loves me and a lovely publisher who loves me and I love me the best of all. I'm an egotistical son of a bitch, a literary prostitute or pimp-choose your own word-and an all-round heel. So what can you do for me?"
「身勝手なクソ野郎であり、文学の娼婦であり、あるいは文学のポン引きだ。どちらでも君の好きな言葉を選んでくれればいいが。そしてan all-round heelだ」。an all-round heel(あらゆる面でのくず男)というのが面白い。村上訳では「お手軽な便利屋」となっている。
簡単に挑発に乗らないマーロウを、ロジャー・ウェイドは気に入った様子で、みんながいるところに行って一杯飲もうの誘う。以下はそんなひねくれ者二人のやりとり。長いが、いかにもチャンドラーらしい会話なので引用しよう。lousyはけがらわしい、shove itは強い拒絶や反感の意、knock it offは騒ぎなどをやめろ、黙れという意味、take it out on sbは人にやつあたりするという意味。
He stood up. "We don't have to drink in here. Let's go outside and glance at a choice selection of the sort of people you get to know when you make enough lousy money to live where they live."
"Look," I said. "Shove it. Knock it off. They're no different from anybody else."
"Yeah," he said tightly, "but they ought to be. If they're not, what use are they? They're the class of the county and they're no better than a bunch of truckdrivers full of cheap whiskey. Not as good."
"Knock it off," I said again. "You want to get boiled, get boiled. But don't take it out on a crowd that can get boiled without having to lie up with Dr. Verringer or get loose in the head and throw their wives down the stairs."
"Yeah," he said, and he was suddenly calm and thoughtful. "You pass the test, chum. How about coming to live here for a while? You could do me a lot of good just being here."
"Let's go outside and”以下は、意味としては理解しやすいが、いかにも英語的な語順で、こなれた日本語にするとなると結構、難しい。
清水訳は「金がたまると友だちのような顔をするお上品な連中のつらを拝見しようじゃないか」と原文の意を汲んだ訳となっており、村上訳は「もし君があぶく銭を稼いで、こういう場所に住めるようになったら、いったいどんな連中とお近づきになれるか、ひとつ下見をしてみようじゃないか」と極力、逐語的かつ日本語としての自然な言い回しを上手くバランスさせてた訳となっている。
「彼らは違っているべきなんだ。そうじゃなかったら、彼らがいる意味がない。彼らはこの国の特権階級なんだ」とウェイドは続ける。ロジャー・ウェイドのシニカルな態度の陰に垣間見えるある倫理観。
マーロウは「よさないか」と諌め、ウェイドの身勝手さをこう一撃する。「腹を立てるのは勝手だが、ほかのひとに人にやつあたりをしないことだ。ほかの人とは、いくら腹を立てても、ドクター・ヴェリンジャーのところに転がり込んだり、正気を失って奥さんを階段から突き落としたりしない人々のことだ」
ロジャー・ウェイドにおける、身勝手さと倫理との奇妙な共存。だれかに似ている。そう、テリー・レノックスだ。チャンドラーの登場人物は、社会や都市の悪に染まりながら、同時にそれに抗うように倫理的であろうと試みる。身勝手さや一方的な幻滅は、悪による独善であり、自嘲やシニカルさは最後の砦としての倫理の表れだ。
レノックスもウェイドもチャンドラーの分身といえる。彼らの態度は、チャンドラーの都市ロサンゼルスへの、そしてアメリカ社会そのものへのアンヴィバレントな思いを反映してたものといえる。嫌悪しながら惹かれ、唾棄すべき醜悪さと同時に美を見出してしまう。
単純な善悪では割り切れない複雑化した事象が渦巻く都市や社会という認識は、優れて今日的な視点といえる。チャンドラーの登場人物が今でも生き生きとしているのは、あるいは、チャンドラーの作品が、今も色あせないのは、この悪と倫理のアンヴィバレントな共存にあるといってもよい。
マーロウを試すように、身勝手な倫理を振りかざして悪態をつくウェイド。クライアントに媚びずに身勝手な態度を諌めるマーロウ。
先のマーロウに目に映るカクテルパーティの描写からみて、マーロウもウェイドの倫理を共有してるのは明らかだ。
ウェイドはマーロウという人間に、自分と同じ複雑な心性を感じ取り"You pass the test, chum."(君はテストに合格した)という。
ウェイドはウェイドは自分が酒を飲むのは何かから逃避しようとしてるからであり、それを知る必要があるといい、その手助けとしてこの家にしばらく一緒に住んでくれとマーロウに申し出るが、酒を飲むのをやめさせることはできないと断るマーロウ。
「友だちとして頼んでいる。君はレノックスにためには、もっと多くのことをしたじゃないか」とレノックス事件のことを持ち出すウェイド。up to hereは、ここまでいっぱいという意。
I'm asking you as a friend. You did more than that for Lennox."
I stood up and walked over dose to him and gave him a hard stare. "I got Lennox killed, mister. I got him killed."
"Phooey. Don't go soft on me, Marlowe." He put the edge of his hand against his throat. "I'm up to here in the soft babies."
"Soft?" I asked. "Or just kind?"
最後の"Soft?" I asked. "Or just kind?"というマーロウの言葉に関して、村上訳では「甘やかす?」と私は尋ねた。「ただの親切心と取り違えちゃいないか?」となっているが、やや意味がとりにくい。”Soft?”は”Don't go soft on me”のsoftを指しており、後半は「(レノックスにしたことは)単なる親切心からだと思っているのか?」とのニュアンスの、レノックスとの関係を誤解していそうなウェイドへの抗議の意味あいの言葉だろう。
ウェイドが知りたがっていること(酒で逃避していること)についての会話。
"About who? Your wife?"
He moved his lips one ever the other. "I think it's about me," he said. "Let's go get that drink."
He walked to the door and threw it open and we went out.
If he had been trying to make me uncomfortable, he had done a first-cass job.
「もし彼が私のこころを落ち着かなくさせるのが目的だったとしたら、彼はそれを見事に成し遂げたことになる」(村上訳)と、いつもの通り、幕切れは、余韻を残す一文で締めくくられる。
(Powers Boothe as Phlip Marlowe in Phlip Marlowe,Private eye,
source: https://mythicalmonkey.blogspot.jp/2017/05/powers-boothe-1948-2017.html)
to be continued
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