集合住宅のデザイン論「マンションという風景」シリーズ。
vol.1は加賀レジデンスを取り上げる。
何事においてもエポックメイキングな出来事や存在があるように、いわゆるマンションデザインにおいて、加賀レジデンスは正にエポックメイキングな存在だ。
例えば、外装がタイル張りではないということ、必然性のない色の切り替えや付柱などに安易に依存していないこと、構造とデザインを統合したファサードなど、マンションデザインのクリシェを見事に裏切っている。
その結果、他のマンションにはない潔く力強い建築美、さらにはマンションデザインに対する批評性を内包したデザインが実現されている。
批評性とは何か?それは普段、隠蔽されているものを露出させその是非を広く問うこと。
批評性とは、集合住宅のデザインに求められるものは、他に比べて目立つことなのか、高級「感」を演出することなのか、流行を追うことなのか、広告パース栄えするスタイリングを施すことなのか、それとも、いまや都市景観を構成する重要な存在として集合住宅のベーシックな在り方とデザインのクォリティを追求することなのか、ということを問うこと。
具体的に見てみよう。
外装は白のフッ素樹脂塗装が施されており、タイル貼りのマンションにはない純化されたカラーとフラットサーフェスなテクスチャおよびフォルムのスレンダーさやシャープさが実現されている。この外装を見ただけでも、コンクリートの塊である高層マンションをどのように見せていくかというデザイン論においてこのマンションが合理的で真っ当な姿勢を追求したことがうかがえる。
多くの部材をプレキャスト(PC)化し、あらかじめフッ素塗装を施すことは、コストや環境負荷(例えば型枠などが少なくてすむ)や施工性の点でも合理的は発想といえ、合理性の追求というキーワードはことデザイン論に留まっていない。
見付300ミリのスラブ端部の水平ラインと上下2辺とバックマリオンで支持されたファサード側に支柱がないガラス手摺の連続性が都市のファサードとしての広がり感と14層に積層された都市住宅の存在感をストレートに表象している。
スラブとガラスの水平ラインに対して見付160ミリのスレンダーな住戸隔壁が垂直ラインとして対峙する。隔壁はスラブより約200ミリセットバックしており、その結果、ファサードとしては水平ラインが勝った見え方をすることになり、力強い水平ラインに対して適度なリズム感を持った垂直方向のエレメントを付与する役割を担うことなる。
手摺のガラスは透明ガラスにドットパターンのセラミックプリントが施されており、透過度の追求と目隠し効果というリアリズムの絶妙なバランスが目指されている。のっぺりした乳白シートなどでは不可能なガラスの持つフラジャイルでトランスパレントな表情が辛うじて表現されている。
スラブとガラス手摺下部との間に隙間がない納まりが可能なオリジナルのガラス手摺を採用したことも、端正でリジッドな水平ラインの印象づくりに成功している点でもある。
良くみるとガラス手摺の下部は見付130ミリほどのアルミ固定枠が立ち上がっているのだが、その白の焼付塗装が施された存在は、おそらくは周到に計算されているのだろう、遠目にはスラブと一体化し連続する白い水平ラインの一部にしか見えない。
スラブ端部300ミリ+手摺下部ガラス支持枠130ミリ 計430ミリの見付を持った白い水平ラインは、寸法だけでいえば決してシャープなイメージとはいえない存在だ。
しかしながら、その上にフレームレスで透過度の高いガラスと少し面落ちした各階の薄い住戸隔壁による垂直のリズムが加わることにより、さらにそれらが14層積層されることにより、その水平の厚みは、ぼてっとした重苦しさよりも、むしろその上に乗った透明さや薄さやリズム感を支える基盤としての安定感とでも呼んでいいような存在としての印象を創造していることに留意すべきだ。
水平に連続する白いスラブラインとトランスパレントなガラスの積層。リズム感を添える住戸隔壁の垂直ライン。余分なものが一切ない、しかしながらストレートで力強さを持った美しさ。
デザインのクォリティの高さとはこういう検討のプロセスと結果を指す言葉である筈だ。
この建物から受けるシンプルさ、透明感、力強い構成美という印象のもうひとつの要因が、HIスマートウォール工法と呼ばれる袖壁や垂れ壁などを極力なくすことを可能にした鹿島建設のエンジニアリング力。
このHIスマートウォール工法により、各住戸の室内においては、スラブと壁の間がすべて開口となったフルハイトフルワイド開口の開放的なプラン、室内に柱梁がない実質の高さが確保されたプランが実現されるとともに、建物ファサードにおいては、バルコニーの奥の壁面を全面ガラスサッシュとすることが可能になり、建物全体の印象をフレームレスですっきりとした透過性の高いものとしてる。
インテリアにおいても、フラット巾木、片樋端のドア枠、標準で設置された室内とフルフラットなバルコニータイル、フローリングと馴染む木製框など、量産品を使いながらも通常ではなおざりにされがちなきめ細かい納まりへのこだわりが随所にみられ、分譲マンションにおいて本来的に最も求められるであろうニュートラルな空間の追求が誠実に希求されており、批評性は外観だけでなくインテリアにおいても感じられる。
加賀レジデンスは、例えば立地の文脈に過度に依存しないデザインであるという点において、例えば板橋区に立地する物件であるなどマジョリティをターゲットにした商品であるという点において、例えば、14階建て中層マンションという普及適用可能性の高いプロトタイプであるという点において、ある意味コルビュジエらが目指したモダン都市住宅の日本におけるひとつの到達点であり、モダンデザインの理想を純粋に達成している存在といえるかもしれない。
都市集合住宅としてのマンションのデザインは、本来ならば、こうした水準から始まっているハズなのだが、いかんせん我々の現実は21世紀にして初めてそのスタート地点に立ったというべきなのだろう。
「私はこのような日本の都市が好きであり、また嫌いでもある。」(『記憶の形象(上)』槙文彦)
* 加賀レジデンス
所在地 東京都板橋区加賀
事業主 鹿島建設 中央商事
設計 鹿島建設
総戸数 246戸
構造・規模 RC造 14F B1F
竣工 2008年
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